自衛隊は必要ですか? それとも不要ですか?

 憲法改正に関する専門家と言えば、憲法学者ということになるのだろうが、改憲反対派のメディアに登場する憲法学者という先生方の言説には毎回うんざりさせられる。

 最近の例をあげれば、朝日新聞(十一月四日)の憲法学者に聞く「9条に自衛隊明記なら」という記事。登場するのは水島朝穂早稲田大学教授、青井未帆学習院大学教授、愛敬浩二名古屋大学教授の三先生である。この記事は三人も登場させたわりには「(9条)2項は骨抜きになる」(水島教授)、「国防軍の設置に向けた足がかりになる」(青井教授)、「何百億円もかけて国民投票を行うのは壮大な無駄」(愛敬教授)と、変わり映えのしない反対意見ばかり。デジタル朝日には「9条2項が死文化する」と自衛隊明記反対を唱えた本秀紀名古屋大学教授の記事が掲載されている(十月十九日・名古屋版)。

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 おそらく自衛隊明記に反対する憲法学者を選んで意見を聞いたのだろうが、そうした憲法学者の見解を読むうえで留意しなければならないことがある。それは、自衛隊明記への賛否以前に、その憲法学者がそもそも自衛隊の存在自体を憲法違反と見なしているのかどうかという点である。

 平成二十七年に朝日新聞が行った憲法学者アンケートでは、憲法学者の六割以上が自衛隊違憲論を唱えていることが明らかになったが、水島教授、青井教授、本教授の三人はこのアンケートにいずれも実名で「自衛隊は憲法違反にあたる」と回答している。愛敬教授はこのアンケートの実名回答者ではないが、著書(『改憲問題』)のなかで「自衛隊は違憲の存在」と書いている違憲論者である。

 むろん、違憲論者だから自衛隊明記について発言してはならないと言うつもりはないが、これらの学者は違憲論を主張する一方、九条改正にも反対している。水島、青井、本の三人は朝日のアンケートに「九条を改正する必要はない」と回答している。愛敬教授も九条改正論者ではない。

 自衛隊は違憲だと言い、九条改正の必要もないと言うのだから、合理的に考えれば、この学者たちは自衛隊は不要であり、解消すべきだと主張していることになる。だとすれば、冒頭で紹介した自衛隊明記反対論は実に矛盾したものとなってしまう。なぜなら、自衛隊を明記すれば「九条二項が骨抜きになる」「死文化する」という主張は、自衛隊が憲法第九条の解釈に依拠した存在であることが大前提だが、そんな自衛隊の存在を前提とした主張を自衛隊不要論者、解消論者が主張しているからである。

 むしろ、そうした不要論や解消論を隠して自衛隊明記反対を主張しているとさえ言えよう。自衛隊明記に反対する勢力の主力は、単に明記反対というだけでなく、その先に自衛隊の解消をめざしていると考えることも充分に可能ではあるまいか。政党で言えば、自衛隊違憲と(将来の)解消を唱える日本共産党と同じである。こんな反対論が横行し、明記が万一実現しなければ、その先に待っているのは自衛隊解消ということになりかねないということでもある。

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 自衛隊明記を巡る議論の構図は、自衛隊を必要・合憲とする側と自衛隊は不要・違憲とする側の攻防と見れば分かり易くなる。新聞などで取り上げる際には、この学者が自衛隊の存在についてどう考えているのかを、例えば「○○教授(自衛隊違憲論)」とか「○○先生(自衛隊不要論)」と明記すれば、国民的議論はもっとすっきりすると思うのだが、どうだろうか。

 ともかく、自衛隊の法的地位を確かなものとすることをめざす憲法への自衛隊明記が実現できるかどうかは、こうした反対論に対して説得力ある反論をどう展開していくかということも大きなポイントだと考える。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成29年12月号〉