憲法第二条の「世襲」をどう考えるか

 「女性宮家」創設問題については本誌でも大原康男氏に論じていただいているが、やはり「裏口からの女系天皇容認論」でしかない、という見方が適切だろう。

 いや女性宮家の創設と女系天皇容認は結びつけて考えるべきではなく、女性皇族の配偶者や女系となるそのお子様を皇族に含めるかどうかも今後議論して決めればいい、と推進論者はいう。しかし、ならば何のための女性宮家なのかと問わねばならない。天皇のお仕事をお助けし、皇室のご活動を維持するため、とかかる論者たちはいう。しかし、もし一代限りの皇族ということに留まるならば、悠仁様以後の代には既に姿を消しており、本当に皇族が必要とされる時には役に立たないのだ。

 とすれば、やはりそのお子様に皇位継承権を与えるべきだ、となることは火を見るよりも明らかであろう。一代限りの女性宮家などそもそも意味をなさないのだ。

 むろん、女性皇族のどなたかが男系の血筋を引かれる元皇族子孫とご結婚なされて女性宮家を創設されるといった場合があるかも知れない。となれば、その場合に限ってはそのお子様に皇族身分を認める――といったあり方もあるのではないか、とする意見もあるいはあるであろう。しかし、そこまで男系を重視するのなら、むしろ正々堂々と正面から、一人に限らず元皇族子孫複数に皇族身分を取得してもらう方策を考えるべきではないか、と考えるのだ。このようなご結婚は好ましいにせよ、かかる確実な実現保証のない僥倖にわが国の運命を委ねるわけにはいかない、と考えるからだ。

 その意味で、問題はやはり男系維持か女系容認かというところに戻ってこざるを得ない。この問題を決着させない限り、かかる小手先の対応では問題の根本解決にはならないというべきだからだ。

 そこで、ここで確認しておきたいのは最も根本となる原則である。これまで百二十五代の皇統は男系のみで継承されており、そこには一例といえども例外はないという事実だ。それはわが国の不文の法であるともいえようが、筆者はここで、それは現憲法にも継承されている原則でもある、とあえて指摘したい。憲法第二条は「皇位は世襲」と規定するが、ここにある「世襲」はあくまでも男系を前提にしたものであるからだ。

 というのも、現皇室典範はこの第二条の規定を受けて作成されたが、その起草に当たった宮内庁当局者は男系主義を《同条から必然的に帰結される原則》と解し、皇室典範を起草したと証言しているからである。証言者は高尾亮一氏、場所は政府憲法調査会である。

 「皇位の世襲ということはどういうことかということになりますと、これは皇室制度の伝統について考えてみなければならない。その伝統は……全部男系である。男系であるということについては一つの除外例もありません。……だからこの第二条の世襲ということは、男系をさすものであろうということを、まずわれわれは考えました」(憲法調査会議事録)

 一口に世襲といっても、そこには歌舞伎役者の名跡の世襲のようなものもあれば、伝統的な商家の世襲のようなものもある。しかし、第二条は「皇位」の世襲についていっているのであるから、それは皇室制度の伝統の中で考えなければならない。そこで男系が導き出された、というのである。

 むろん、これは高尾氏のみならず、戦後一貫した政府の憲法解釈の立場でもあった。にもかかわらず、それが遺憾ながら、最近忘れ去られてしまっているのである。つまり、男系・女系の問題は単に皇室典範の問題に限られず、憲法にも関わる問題だということなのだ。女系容認をいう者は、この憲法第二条をどうするかから議論を始めるべきだろう。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成24年1月号〉