井上毅の「永世皇族主義」に学べ

 女性宮家創設の問題については、『明日への選択』2月号26頁以下にも書かせていただいたが、要は悠仁様の後の安定的な皇位継承を、女系ではあれ、それでも近親の女性皇族のお子様をもって備えとするか、あるいは血筋は遠くとも、あくまでも男系男子をもっての備えとすべく、元皇族の男子子孫に新たに皇族身分を取得していただくか、この二つに一つの選択だといってよいだろう。

 むろん、その中間に、女性皇族と元皇族男子子孫にご結婚していただいて、その男子のお子様に悠仁様以後の皇統の備えになっていただく、という道も考えられはする。しかし、それはあくまでもそのような話になれば有り難い、という話であり、そんな実現性も定かならぬ話に、国の運命を一方的に委ねることはできない、という話でもある。その意味では、やはりこの二者択一に戻る他ない、というのが筆者の認識でもある。

 これは最近聞いた話だが、この女性宮家創設の動きの仕掛け人といってもいいある官僚OBが、ある会合で、女性宮家は安定的な皇位継承を考えてのことだ。元皇族の皇籍復帰(正確には元皇族男子子孫の皇籍取得)などという馬鹿げたことを主張する向きもあるが、そんなことは断じて認められない。女性宮家創設(すなわち女系の容認)しか選択肢はあり得ない、と断言したとのことである。「衣の下から鎧」どころか、ご公務分担だけを考えての女性宮家創設などという主張は、要は国民説得のための一時的な方便でしかない、というまさに開けっぴろげな告白なのである。とすれば、やはり女系容認となっても近親の女性宮家の創設か、あるいは血筋は遠くなっても男系維持か、の問題に立ち戻って考える他ない。

 ところで、かく考える時、ここでどうしても紹介しておきたいのが、男系皇統の維持のために「永世皇族主義」の必要を唱えた井上毅の主張である。彼が旧皇室典範の原案起草に携わった時、実は当時の関係者の中にも明治天皇の血筋から遠い世襲親王家に由来する皇族を可能な限り排除していきたいとする動きがあった。しかし井上はかかる主張を断固非とし、「王位継承法は親属の親疎よりも、寧ろ系統を取ること」が重要であるとし、血筋の遠くなった皇族を順次臣籍降下させていくべきとする主張に、強く反論しているのである。以下は井上の言葉だ。

 「五世以下皇族にあらずとすれば、忽ち御先代に差し支えを生ずべし。継体天皇の如きは六代の孫を以て入れて大統を継ぎ玉へり。不幸にして皇統の微(かすかなこと)、継体天皇の如きあらば、五世六世は申す迄もなし。百世の御裔孫に至る迄も皇族にて在はさんことを希望せざるべからず」

 だからこそ、血筋が遠くなったからだの、皇族の数が増えれば財政的に大変だの、という単純な理由で皇族を減らすようなことをしてはならず、またただ直系が好ましいとの感情的な理由で無闇に皇族の数を減らそうとすれば、いつか必ず男系皇統の維持にとって危機となる時がやってくるというのである。井上は続けていう。

 「継体天皇、宇多天皇の御場合の如きは大に不祥の事と云はざるべからず。然らば仮令多少の支障はあらんとも、成るべく皇族の区域を拡張すること、誠に皇室将来の御利益と云ふべし」

 継体天皇は越前まで探しにいってようやく皇位を継承してもらうという例であったし、宇多天皇は一度臣籍に下った後、再び皇籍に復帰され、即位されるという例になった。しかし、それは結果はともかく、二度とそのような異例を繰り返さないための平時からの備えが必要だという教訓なのだ。

 とはいえ戦後、宮家の臣籍降下が強要され、再び危機に直面しているのが現状でもある。ここはやはり井上の主張に学ぶべきだ。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成24年2月号〉