結論ありきの「女性宮家」創設論議

 天皇陛下には、二月十八日、心臓の冠動脈バイパス手術をお受けになられた。その日、皇居坂下門には老若男女、年齢も格好も様々な人たちがお見舞いの記帳に訪れていた。手術が無事終わり、一日も早くご回復なされますようにと願って、多くの人が寒風の中を並んでいる光景を目にし、天皇陛下と国民の固い紐帯を改めて感じないわけにはいかなかった。

 

 そうしたなか、野田内閣は女性宮家を創設しようとヒヤリングなどの手続きを始めるという。民主党政権は、女性宮家の創設は皇位継承問題とは切り離して検討すると言っているが、実態は危険な「裏口からの女系天皇容認論」であることは明らかと言える。

 それは、野田政権がこの問題を担当する内閣参与として園部逸夫氏を就任させたことからも言える。園部氏は、小泉内閣時代に皇室典範改訂の「有識者会議」が出来た際、座長代理として女系天皇の容認という報告書をまとめたことでも知られているが、それ以前に皇位継承を巡る氏の基本認識には致命的な欠陥があると言わざるを得ないからである。

 園部氏は、今から八年前の平成十六年五月、参議院憲法調査会で参考人として皇位継承問題についての見解をこう語っている。

 まず、自らの考え方は「憲法が定める天皇制度の考え方」を基準としていると言い、皇位継承制度は「国民が考える象徴制度にふさわしい制度である」ことがまず第一だと述べる。そのうえで、「男系女系という……論点」について、「この問題は、皇位継承の伝統とは何かであり、……皇位は代々の天皇の血統に属する方が継承することが制度にとって最も重要」とし、さらに「男系ではないということをもって、それが象徴天皇制度にふさわしくないとか象徴天皇という地位に反するというようなことはない」とも述べている。

 

 この皇位継承を巡る園部氏の認識には重大なゴマカシがある。

 百二十五代の皇統は男系のみで継承され、そこには一つの例外もない。これが歴史的事実である。園部氏のように「皇位継承の伝統とは何か」と問うならば、この男系継承の伝統を措いて他にない。ところが、こうした男系継承の伝統は、園部氏の頭のなかでは単なる「血統に属する方の継承」、つまり血統がつながっていればよいという程度に貶められてしまう。

 また、憲法第二条は「皇位は、世襲」と規定している。世襲と言っても様々な形があろうが、世襲されるのは「皇位」であって、どこかの家の世襲ではない。つまり、憲法は皇位継承の伝統、つまりは男系継承を大前提としていると言わねばならない。

 ところが、園部氏は「憲法」を基準とすると言いながら、皇位継承について単に「天皇の血統に属する方が継承することが制度にとって最も重要」などと結論づけるわけで、それはゴマカシ以外のなにものでもない。そこから見えてくるのは、憲法解釈というより、「皇位継承の伝統」に価値を置かないという氏の価値観である。

 

 また、園部氏は何度も「象徴天皇」という言葉を使い、皇位継承制度は「象徴天皇」に相応しいかどうかが基準だとも言っている。

 しかし、憲法第一条が「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定しているように、「象徴」はあくまでも天皇の役割規定の一つであり、「象徴」は天皇というご存在の本質を規定したものではない。

 その意味で、皇位継承を論じるなら、「象徴天皇」というより、本質規定である「天皇」について論じなければならないはずなのだが、園部氏は「天皇」については何も論じてはいない。しかも、「象徴制度」という言いまわしをし、「象徴天皇」から「天皇」を抜いた言葉遣いを何度もしている。そこからは「天皇」よりもむしろ「象徴」の方に重きを置くかのようなニュアンスすら感じられる。

 こんな人物が議論のとりまとめをするのだから、女性宮家創設論議は最初から結論ありきなのは明らかだと言えよう。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成24年3月号〉