民主党のDNA

 『明日への選択』4月号で「子ども手当」の外国人への給付問題について書かせていただいたが、恐れていたことがやはり起こった。毎日新聞(4月24日)によれば、尼崎市(兵庫県)に住む韓国人が養子縁組したという554人分の子ども手当を申請する書類を提出していたというのだ。年額に直せば約8600万円。もっとも市役所は厚労省に照会し、申請は受け付けなかったというが、こんな制度を作った民主党に腹が立ってならない。

 親が日本に居住していることだけが給付の条件で、子どもの居住場所は条件ではないため、国会でも50人の養子がいるとして給付申請があった場合はどうするのかとの質問がなされていた。厚労省はホームページに「50人の孤児と養子縁組をした外国人には支給しない」などとの解釈を示していたが、その10倍のケースが確認されたのだから驚く。子供との面会を証明するパスポート記録や送金記録などの提示など条件厳格化を通達していたが、この韓国人は「外国人に求められる書類をそろえており、事前に調べてきた様子がうかがえた」(毎日)という。

 こんな杜撰なことになったのは、参院選挙前の6月に給付するために、条件付けしない法案を作ったことが直接的な原因だが、それとともに記者には、そもそも民主党という政党自体が、国民、国籍という視点を欠き、国家や国益というものを忌避してきた政党だからと思われてならない。いくつか例を挙げてみよう。

 人権擁護法案が最初に問題となった平成17年、法務省案が自民党内の反対にあって国会には提出されなかった。その反対理由のなかに人権擁護委員に国籍条項がなく、外国人も就任できることがあげられていた。それに対して、当時の仙石民主党政調会長は「この議論は信じられない」と批判し、民主党が独自に提出した独自案には国籍条項を設けなかった。また、民主党は恩給法にある国籍条項に一貫して反対している。外国人学校卒業生に大学入学資格を与えることに最も熱心だったのも民主党だった。その最たるものが特別永住者や一般永住者に対して地方選挙権を付与しようという外国人地方参政権問題と言える。

 こうした国籍条項に対する徹底した反対ぶりは、その都度、国籍差別はいけないとか人権の普遍性だとか理屈は付けられるが、そうした政策論以前に、そもそも民主党に染みついた体質的問題ではないかというのが記者の見方でもある。というのも、民主党のルーツとも言える平成8年の「民主党の基本理念」には、実に彼らの国民や国家というものに対する考え方がストレート語られているからである。

 例えば、「『国民』は、何年かに一度の選挙で投票するだけだった。しかし、政治の主体としての『市民』は……」と国民と市民が対比され、「国のつごうに子どもをはめ込む硬直化し画一化した国民教育」は「市民教育」によって克服されるものとして描かれる。そして最後に「この『党』は市民の党である」と宣言し、民主党はスタートする。

 ここでは一貫して「国民」は批判の対象であり忌避すべき対象として位置づけられ、対照的に「市民」こそ価値あるものとして称揚される存在と捉えられている。いうまでもないことだが、国民には必ず「国籍」がある。一方、彼らが言う「市民」はその国籍をもった国民と対照的に描かれることによって、国籍を前提としない「市民」として描かれていると言える。

 実は外国人参政権問題が登場するのもこうした脈絡のなかにおいてである。結党時の「基本政策」にはこう記されている。「(民主党は)市民自らの行動による民際外交の展開や草の根ODA活動などのNGO活動を支援し、『国境を越える市民』とともに世界に貢献する地球市民政治を推進する。定住外国人の参政権の確立に努める」と。民主党はいま外国人地方参政権付与は「結党以来の基本政策」だとしているが、それはまさに「国籍なき市民」の文脈で語られていたわけである。

 こう見てくると、民主党は国民、国籍、むろんその前提となる国家に対して常に忌避するというDNAを持っているとさえ言える。国の安全保障よりも住民の民意を優先させたり、民族学校を何のためらいもなく授業料無償化の対象としたり、岡田外相が竹島の「不法占拠」をまったく口にしないのも、それぞれに猛られている理屈を考えるより、そのDNAゆえだと考えれば、すんなりと理解できるのではあるまいか。選挙の時に「国民の生活が第一」を掲げても、DNAに刻まれていることは少々のことでは変わらない。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成22年5月号〉