小沢氏に外交・安保政策は任せられない

小沢氏に外交・安保政策は任せられない

そもそも「日米同盟の重点は安保ではない」「拉致問題は解決しっこない」と言う人物に、対外・安保政策を語る資格があるのだろうか。


 自民党総裁選が終わり、麻生太郎首相が誕生した。一方の民主党は小沢一郎代表が無投票で三選。これで次期総選挙は「麻生対小沢」の対決の構図ということになったため、マスコミでは早くも、政権交代を期待してのものや小沢には任せられないとの趣旨の企画を含めて、小沢一郎論の類が出始めている。

 小沢氏は今、「生活が第一」と繰り返し、高速道路の無料化や「子ども手当」など、国内政策だけを語っている。しかし、仮に小沢氏が政権をとった場合、直ちに直面する問題はむしろ対外関係ではなかろうか。最近、段階的に公約を実施していく「工程表」なるものを宣伝しているが、対外関係に「工程表」はなく、文字通りの待ったなしだからである。

 ところが、小沢氏が三選された際、「首相候補指名受諾演説」という位置づけで行った演説のなかで、対外関係について触れられているのは、「地球環境の保全と国際社会の平和で、日本が地球のために頑張る仕組み」を作るというたったの一言しかない。代表選で提示した「政権構想」でも、外交・安保政策は「強固で対等な日米関係を築くとともに、アジア諸国と信頼関係を構築する」「国連の平和活動に積極的に参加すると同時に、国連改革を推進する」という具体性のまったくない二項目しかなかった。

 要するに何も書いていないのに等しい。民主党は一体、対外・安保政策をどうするつもりなのか。ならば、党首である小沢氏がどう考えているのかを見てみるにしくはない。そこで、対外関係の基本となる日米関係と、緊急を要する対北朝鮮政策に絞って、小沢氏の発言を紹介しつつ、検討させていただくこととする。

 

◆「従米」から「反米」へ?

 小沢氏が書いた論文、インタビュー記事、談話などは、マスコミに登場しないとのイメージとは逆に、調べてみると多数に上る。そのすべてを読んだわけではないが、彼の発言を時代とともに辿っていけば、そこには誰の目にも分かるような変化がある。むろん、小沢氏はこの十五年間で自民党、新生党、新進党、自由党、民主党と渡り歩いてきたのだから、その時々の立場による変化もあろうが、とてもそれでは収まらない本質的な変化というか、変節とさえ言える変わり様なのである。その典型的なケースが対米認識である。

 かつて小沢氏はこう言っていた。

 「外交に関する私の一つの信念は、アメリカとの緊密な同盟関係を堅持することである」(『日本改造計画』平成五年)

 「諸外国との関係の中でも、いちばん大事なのが日米関係です。(中略)そのアメリカが弱くなってきて、いろいろ注文をつけている。その全部が正しいわけじゃないけど、今度は日本が協力すべきです。(中略)可能な限り、要求に応えるべきだと思うね。それを『従米』というなら、じゃあ日本が平和に豊かに生きていくには、他にどんな方法があるというんですか」(『語る』平成八年)

 自民党時代は、湾岸戦争では自衛隊派遣を主張し、もっともアメリカに近い政治家とも言われ、その言説は自由党時代も続いた。そのため平成十一年には鳩山由紀夫氏(当時民主党幹事長代理)からは「アメリカに魂まで抜かれた」とまで批判されている。

 ところが、いつの時点からかははっきりしないが、少なくともブッシュ政権によるイラク戦争以降は一転してアメリカ批判へと変わる。

 「米国のブッシュ大統領は、『これは米国の戦争、自衛戦争だ。従って、国連の決議はいらない』と啖呵を切ってアフガン戦争をはじめました。しかし、実際には当然ながら、米国単独では収められず、国際社会に助けを求めているのが現実ではないでしょうか」(『世界』平成十九年十一月号)

 こう主張し始めたのである。昨年のテロ対策特措法延長問題を巡って、シーファー米大使を前に公然と米国を批判したが、その際に展開したのもこの論理である。少なくとも、そのまま読めば、かつての「親米」「従米」から「反米」に転じたとしか理解できない主張である。

 

◆「日米同盟の重点は安保ではない」?

 そもそも小沢氏は自民党時代の『日本改造計画』当時から、自衛隊とは別の国連待機軍構想など国連による国際安全保障を主張する「国連信仰」の持ち主としても知られ(それへの批判については小誌前月号を参照いただきたい)、それゆえ彼の米国批判は国連決議を伴わずにイラク戦争を遂行した、〇一年の同時多発テロ事件以降のブッシュ政権に対する批判ではないのか、と解する向きもある。

 果たしてそうだろうか。ここ数年の小沢発言には、単なるイラク戦争批判に止まらない変化を窺える発言が節々に見られる。

 例えば、日米同盟自体に対する認識である。もともと、小沢氏にとっての日米同盟は安保関係が大前提だったはずだが、三年前には「実は、日米同盟の重点は安保ではない。みんな軍事面ばかりクローズアップするが、日米同盟の強化はもっとほかにやることがいっぱいある。経済の緊密化は特に重要だ」(平成十七年一月)と言っている。

 さらに、小沢氏は最近になって日米中の三国は「正三角形」の関係でなければならないなどとも言い始めている。昨年七月、民放の報道番組で「(日米中が)正三角形になって日本が扇の要になる関係でなければならない」と述べ、「日中関係は日米関係に負けじとも劣らず大切だと考えている」(「剛腕コラム」六月三十日)とも述べている。

 前者はかつて日米安保は軍事同盟ではないと発言して問題化した鈴木善幸首相を、後者は加藤紘一氏を連想させるが、何よりも「日米同盟の重点」が軍事にないというのであれば、日米関係も安保を前提としない他の国との条約関係と大して変わらないと言うに等しい。日米中の「正三角形」論は軍事を前提とした日米関係を日中関係と同じ位置づけにまでおとしめるものである。

 こう見てくると、最近の小沢発言は、単にイラク戦争批判ではなく、日米同盟批判、対米批判の性格を色濃く含んでいることは明白だろう。やはり、小沢氏の対米認識、とりわけ「日米同盟」への認識は決定的に変質したと言わざるを得ない。

 

◆「論座」、「世界」そして「週刊金曜日」

 小沢氏と言えば、かつて湾岸戦争で自衛隊派遣を主張し、さらに先に紹介したように、「可能な限り、(アメリカの)要求に応えるべき」だといっていたことがイメージとして残っているが、実は、その後、自民党を離れ野党政治家として活動していた十五年のうちに、このように大きく変質していたということである。

 しかも、それは左旋回と言えるものでもあった。

 例えば、自由党が自民党との連立から離脱した直後の平成十二年十二月、土井たか子・社民党党首(当時)が、民放番組でこんなことを話している。

 「(小沢氏と)お会いしました。一度ではありません。今まで憲法観が違ってたから、お互い違うということでやってきた。ただ憲法観の違いに立って、小沢さんは最近、憲法九条や前文は今のままで変えるべきでないと言ってる。両極端は一致するという言葉が世の中にあるが、『エエーッ』と私の方がもう一度聞き直すような具合だ」

 土井氏は小沢氏と会って、その憲法観に共鳴し、イメージとの違いに驚いたという話である。

 この頃から小沢氏は、明らかに左翼リベラルと目される媒体に登場するようになる。例えば、朝日新聞の『論座』であり、岩波の『世界』でである。『世界』ではイラク戦争批判を本格的に展開した。

 そして、民主党時代となると、横路孝弘氏らの旧社会党グループとの間で「日本の安全保障、国際協力の基本原則」という合意文書を締結するまでに至る。

 この文書では、状況認識として「いまのままでは自衛隊は米国について世界の果てまでも行ってしまう危険性が高い。政府自民党による無原則な自衛隊の派遣に歯止めをかけなければいけない」と米国の行動とイラクへの自衛隊派遣を批判したうえで、「自衛隊は憲法九条に基づき専守防衛に徹し、国権の発動による武力行使はしないことを日本の永遠の国是とする」と明記し、そのうえで、合意事項として「憲法の範囲内で国際貢献するために、専守防衛の自衛隊とは別の国際貢献部隊を作る」などが挙げられている。

 いわば、小沢氏の持論と旧社会党グループとの折衷案とも言えるものなのだが、結局、小沢氏の変節の結果は、単に小沢個人の見解ではなく、党内グループ間の合意事項として文書化にまで至ったと言うべきだろう。

 そればかりか、先に紹介した「日米同盟の重点は安保ではない」との発言は、実は『週刊金曜日』誌上で行われたものである。『週刊金曜日』と言えば、あの筑紫哲也や佐高信、故・小田実等が編集委員をつとめる、左翼運動のための週刊誌。小沢インタビューの聞き手は、南京「虐殺」の中国側主張を何の検証も加えずに、あたかも事実であるかのように記事にした元朝日新聞の記者・本多勝一だった。本多は、「インタビューを終えて」として「正直な話、かなり基本的な認識で小沢氏と共通するとは意外だった。……(小沢氏は)論理の一貫性でも明晰な頭脳が感じられ、小泉首相のような馬鹿とは桁が違う」と賞賛してもいる。

 むろん、これらはすべて政権奪取のための方策として理解している向きもある。例えば、先の土井氏との会談は、当時の野党共闘のためのものであり、横路グループとの政策合意は党内左派を押さえるための戦術だというのである。しかし、仮にそうだとしても、小沢氏は既に引き返せない地点まで旋回してしまったことは間違いない。

 民主党政権になれば、外国人参政権問題や人権擁護法案などが危ないと言われているが、これでは対外・安保政策でも何が飛び出してくるか分かったものではない。

 

◆「拉致問題なんて解決しっこない」

 もう一つ、心配されるのが対北朝鮮政策である。拉致問題が最重要課題だが、金正日の重体情報が流れ、政権自体の崩壊すらささやかれるほど、まったなしの課題でもある。

 ところが、北朝鮮問題を巡る小沢氏の言説はどう見ても理解しがたいところがある。例えば、拉致問題を巡る経済制裁についてである。

 平成十六年、小沢氏は「民主党の中にも経済制裁と言う人がいますが、それをやったときに一番被害を受けるのは、つまり北朝鮮の国家テロの攻撃対象になるのは日本であり、日本人なのです。その覚悟があってやるのなら大賛成ですよ」(『日本が動く時――政界キーパーソンに聞く PART4』)と皮肉混じりかもしれないが、決して経済制裁を否定していない。

 ところが、その二年後に経済制裁が現実化し始めると、「(制裁は)日本一国で行うことでは限度があるということ。そのためには世界全体の共同作業でやらなければ、実際の制裁というのが効果を持たない」(平成十八年七月十八日・定例記者会見)と言い始めた。結局、制裁は意味がない、だからやらないと言っているとしか読めない。さらに、今年に入ってこんなことも言っている(四月十七日、釧路での講演)。

 「北朝鮮の拉致問題、北朝鮮の問題もしょせんは中国問題。いくら北朝鮮に言ったって、日本なんか相手にしないとは向こうも言っているが、拉致問題なんて解決しっこない。北朝鮮問題というのは中国問題だ。中国は朝鮮半島の現状維持をその国策にしている。金正日の今の政権を良いとは思っていなくても、それを変えようという気はない」(引用は産経新聞阿比留記者のブログから)

 確かに、北朝鮮に対して中国がかなりの影響力を持っていることは事実だが、それがすべてでない。それとも、平成十四年の小泉訪朝で金正日が日本人拉致を認めて謝罪したのも、中国が金正日に圧力を掛けた結果だというのであろうか。靖国問題であれほど小泉首相を嫌っていた中国が、である。そんなバカな話はない。要するに、「北朝鮮に言ったって、……拉致問題なんて解決しっこない」というのは、何もしないと言っているのに等しいということである。

 

◆真っ赤なウソ

 やはり小沢氏の北朝鮮認識にはどこか腰が引けているとしか言いようがないところが見受けられる。その理由は分からないが、小沢氏にとって北朝鮮問題の原点ともいうべき事件がどこかで影響しているのかもしれない。

 平成十六年の第二次小泉訪朝では、先に帰国した拉致被害者の家族が帰国したのだが、小泉首相は食糧支援なども同時に約束した。これを小沢氏は「一〇〇億円相当もの身代金を誘拐犯の親玉に持って行って、ご機嫌うかがいしながら、人質をようやく連れ帰った」と痛烈に批判した(毎日新聞・五月二十八日)。その上で、彼は小泉首相の再訪朝は「政治家として恥を知らない行為であり、売国的行為だ」とまで言った。

 しかし、その談話の最後の部分を読んで驚かされた。

 「僕も(自民党幹事長在任中の)九〇年十月、北朝鮮に出向いて交渉した経験がある。あの時は(北朝鮮に抑留されていた漁船)『第十八富士山丸』の船長さん(紅粉勇氏)たちの救出が大きなテーマだった。深夜にたたき起こされ、北朝鮮側が『船長らは犯罪を犯した、と文書に明記しなければ帰さない』と言ってきたと知らされた。

 僕は『バカなことを言うな、絶対に書くな』と押し通した。その声が隠しマイクで(北朝鮮側に)聞こえたらしく、交渉に戻ったら北朝鮮側が折れてきた。政治家は主張すべきことは、きちんと主張しなければならない。小泉首相には、日本の代表としての自覚がまったくなかったと言わざるを得ない」

 つまり、小泉首相は何も主張しなかったが、自分は主張すべきは主張し、北朝鮮側が折れた、というのである。冗談ではない。これは真っ赤なウソである。

 第十八富士山丸事件というのは、一九八三年に北朝鮮人兵士の密航を助けたというぬれぎぬをきせられ、船長ら二人の日本人が八年間にわたって北に抑留された事件である。九〇年九月になって、金丸信を団長とする自民・社会両党訪朝団が訪朝し、二人の帰還について「前向きの回答」を得た。この金丸訪朝団は、その際に自民・社会・朝鮮労働党の三党共同声明を出し、過去の「不幸と災難」ばかりか「戦後四十五年の損失」についても日本が「謝罪し、補償する」という、これこそ「売国的」な共同声明を出したことで知られている。

 小沢氏は、土井たか子社会党委員長とともにその直後に訪朝し、抑留されていた二人の日本人が解放された。小沢氏の話はこのときのことである。しかし、小沢氏の話はまったく逆である。そのとき、小沢・土井両氏が書いた北朝鮮宛の「礼状」がそのことを雄弁に語っている。

 「……今般、朝鮮民主主義人民共和国政府は、共和国の法律を侵害した罪で十五年の労働教化の刑罰を受け、服役中の第十八富士山丸の紅粉勇船長と栗浦好雄機関長を、人道主義的見地から大赦令を実施し、釈放のうえ、日本に帰すことにしました。

 自由民主党と日本社会党は人道主義的立場から第十八富士山丸船員に対して寛大な措置をとられた朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国政府に深い感謝の意を表します。

 自由民主党と日本社会党は、この際、両名が共和国の法律を二度と侵害しないようにし、帰国後、両名の言動が日朝友好関係発展に支障を与えることのないようあらゆる努力をすることを約束します」

 小沢氏は「押し通した」「北朝鮮側が折れてきた」というが、これは誰が読んでも「船長らは犯罪を犯した」との確認をしたうえで、北の「寛大な措置」を有り難く受けるという文書である。しかも、帰国後「日朝友好関係発展に支障を与える」ような発言はさせませんとの、不当な約束までしている。この文面に「北朝鮮側が折れてきた」形跡など見られない。しかし、小沢氏はこの文書を自らの成果として理解しているようなのである。

 かつて、こんな「礼状」ならぬ謝罪文を書かされた人物に、対北朝鮮交渉が可能だろうか。そもそも資格があるのだろうか。疑わざるを得ない。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成20年10月号〉