「教育不在」の世に求められるもの

「教育不在」の世に求められるもの

いじめ、暴力行為、不登校の増加、凶悪犯罪の低年齢化や児童生徒間での殺人事件の発生など教育現場の荒廃、子供たちの心の荒廃が社会問題化して久しいが、一向に改善する気配もない。わかっているのは、わが国の「教育不在」がもはや極まっているということだけだ。以下は、日本政策研究センターの月刊誌『明日への選択』掲載のコラムより。


 

◆親御さんや先生のなんたる教育ぶり

 新聞恒例の新春対談。今年はあまり見るべきものがなかったが、その道の第一人者が今の教育の有り様を嘆いている部分は面白かった。

 まず紹介したいのは、朝日新聞(1・1)に載っていた俳優の仲代達也さんと脚本家の倉本聰さんの対談。よく知られているように、仲代さんは「無名塾」、倉本さんは「富良野塾」を主宰し、多数の俳優を育ててきた。以下はそれを振り返った一部分。

 仲代  ……僕のところはね、まずは入ったら家を一番電車で出ろと。それでみんな参るんですよ、まず(笑)。それとやっぱり礼儀作法。しかし3年間じゃ、とても無理ですね。親御さんや学校の先生のなんたる教育ぶりだろうと。

 倉本  いやまったくそうです。僕も礼儀作法ばっかりでしたよ。ある日諦めかけたときに高倉健さんの話をしたんですよ。健さんという人は、目下の人、初対面の人に対して、実に礼儀正しくあいさつをする。歩きながらお辞儀をすることがないと。翌日から全員、高倉健になっちゃった(笑)。

 

◆やっぱり基礎はたたき込まないと

 読売新聞(1・3)では、「鬼平犯科帳」で有名な歌舞伎俳優、中村吉右衛門さんが、橋本特別編集委員の質問に答えていた。

 橋本  最近の教育は「褒めて育てる」といいます。文部科学省の中央教育審議会の委員もなさっていましたが、どうお考えですか。

 中村  今の親御さんの優しさというのはいいのかなあと思って。そりゃ、叱ってばかりというのはよくない。だけども、やっぱり子供を叱れなくなるのはどうかなあと。特に芸事の場合は、やっぱり体や頭にたたき込まなければならないものですから。天才なら何も言わなくてもできちゃうんですけど、そうでない人間にはやっぱり基礎はたたき込まないと、無理やりやらないとだめなんじゃないかと思ってるんです。

 橋本  ある一定のところまで行かないとしょうがないですからね。

 中村  そうなんですよ。そこまで行くには、言うことを聞いて敷かれた道を歩いて行った方が早くて、ほかのところに行ってそこから戻るのは大変なんです。あるレベルまでは厳しくやるけど、全部習得した場合は、それから自分の感性なりで創作していけばいいと思うんです。役者に限らず、邦楽、踊り、全部そうですけど、そのレベルに行くまでが厳しいので、そこは今の時代は難しいなあと。

 

◆日本人兵士の規律正しさに感心しました

 かかる世の中にあっては、やはり教育の指針が確認されるべきだろう。きものを通して人材を育成する装道礼法きもの学院会長の山中典士さんと、拉致被害者家族の信頼厚い参議院議員、中山恭子さんの対談は、その指針の一つになる(装道新聞1・1)。

 まず山中さんの言葉。

 ……戦後日本が失った最大の損失は、礼である、といわれていますが、きものを装っていますと、礼の心が回復されてくるのです。
昔から、衿を正す、折り目正しく、しつけをする、つつましく、袖振り合うも他生の緑といった言葉がありますが、これらはきものを装う生活の中から生まれた、礼を表現する言葉なのです。……道元禅師は学問の第一は礼であると、また古書「礼記」には人にして礼なきは禽獣に等しからずやと教えています。

 一方、中山さんはウズベキスタン大使当時、現地で聞いたこんな話を紹介している。

 戦後、ソ連の捕虜になった日本人の兵士達が、この地に送られて重労働に従事し、首都タシケントでは劇場建設を行なったのです。収容所から建設現場へ向う兵士を毎日見ていた人々は、日本人の規律正しさに感心しました。そして収容所に果物とパンを差し入れました。そうしたら、何日か後に、手作りのおもちゃをお礼にと贈り返してくれたのです。それで、人々は「日本人は嘘をつかない人達だ。規律正しい人達だ。そして何か物をもらったら、自分ができることでお返しをしてくる。そういう律儀な人達だ」と語り伝えています。

 中山さんはさらに続ける。

 一九六六年に、タシケントを大きな地震が襲いました。周りの建物は全て崩壊したのに、日本人が建てたその劇場はびくともしなかった、とのことです。ウズベキスタン各地で二万五千人もの日本の兵士(二十歳から三十歳位までの若者)が働いたとのことですが、どこでもそのような評判が伝わっています。このような若者を生み出したのが日本の歴史や文化であることもまた、事実ですね。

 いまや戦後教育の失敗は誰の目にも明らか。日本の歴史伝統文化に指針を求め、そこからエネルギーを得て、次世代を厳しく育てるしかない。

〈『明日への選択』平成24年2月号「百題百話」より〉