まともな外交へ転換するチャンスだ

 日本の不幸は、隣国に韓国や中国という文明以前の国があること、と冗談交じりにいってきたが、この八月、改めてこのことを痛感せずにはいられなかった。

 まずは韓国である。この国の歴代大統領の駄々っ子のような外交には、これまでも度々辟易とさせられてきたが、今回の李明博大統領の一連の行動にはただあきれるばかりで、「気は確かか」といいたくなる思いだった。さすがに韓国国内でも「国益を損なった」との批判や、大統領としての品性を問う声も出始めているというが、一体この国はどうしてこうまで一方的で感情的で支離滅裂なのかといわざるを得ない。福沢諭吉ではないが、「アジア東方の悪友を謝絶するものなり」とでもいえたらどんなにスッキリするだろうか。

 一方、中国の厚顔粗暴ぶりにも怒りのやり場がない。かつて一度の実効支配の事実もなく、最近になり突然主張を始めた身で、「古来、尖閣は中国固有の領土」とは一体どの口でいえるのだろう。かつて事ある毎に「覇権主義反対」を唱え、かの日中平和友好条約にさえこの言葉を入れるべく執拗に働きかけたのはこの中国だが、まさに今この中国がやっていることこそ最悪の「覇権主義」そのものではないか。それだけではない、あの日本車を破壊したり、日本料理店を襲撃したりするあの無法デモは、果たして世界的大国をめざす国の振る舞いなのだろうか。

 とはいえ、こう思うにつけ、これら全ての馬鹿馬鹿しさは、そのほとんどがこれまでの迎合的な日本外交が助長したもの、との現実を認めないわけにはいかない。日本は過去への「負い目」があるゆえに、可能な限り中韓とは波風を立てず、ひたすら友好関係を求めていかねばならない、とする外交だ。それを「ハンディキャップ外交」と呼んだ外交官もいたが、それが彼らを増長させ、勢いづかせ、かくまで理不尽な主張を傍若無人にさせる原因となったのだ。

 むろん、民主党政権になってからの「国家なき外交」も指摘しないわけにはいかない。東アジア共同体だの国家主権の相対化だのと馬鹿げたことを語っている間に、ここまでの増長を許してしまったのだ。外交関係はまさに力と力の勝負で、そのことを一瞬でも忘れれば、一気に攻め込まれてしまうというのが現実なのである。

 その意味で、この八月の一連の出来事は、今度こそそうした馬鹿げた日本外交から脱しなければならない、という問題意識を関係者に抱かせた意味では悪いことばかりではなかったかも知れない。国民の対中韓感情も変わったし、何より尖閣・竹島という領土問題への意識づけになった。また、過去への謝罪にしても、慰安婦問題にしても、こうまでいわれれば自ずと国民の眼も醒めてこよう。

 とすれば、これからどうすべきか。筆者が考えるのは、これからは「過去の歴史」だの「同じアジア」だの「隣国」だのという感傷は一切捨て、ひたすらドライに国際法を根拠とした「国際標準」で毅然と中韓に向き合っていくということだ。そうなればこれまでのわが国の外交を歪ませてきた「特別な配慮」など一切出る幕がなくなるし、国際社会から見た日本の立ち位置も見えやすいものになっていく。今回、政府はこの竹島問題を国際司法裁判所に提訴することに踏み切ったが、これはその意味で重要な一歩になるだろう。

 むろん、そうした外交の後盾になるのは力である。「尖閣諸島を守るのに十分な(防衛)体制を整えないから、中国に押し込まれている」と今回の事態を東南アジアの政府当局者は評したというが、もはやこの力の問題に目を向けない外交はあり得ない。遅きに失した感はあるが、一日も早く政治の枠組みを変え、こうした課題に正面から取り組んでもらいたい。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成24年9月号〉