チベット暴動・人権派はなぜ声を上げないのか

チベット暴動

人権派はなぜ声を上げないのか


 

 チベット自治区で起こった大規模暴動に対し、中国政府は国連などによる調査の要求を拒否するとともに、殺傷性のある武器による発砲はないとした。毒餃子事件に対してもそうだが、相も変わらぬ盗人猛々しさに呆れるばかりだ。ちなみに、中国側発表の死者は「13人」だが、チベット亡命議会は「数百人」に上るとする。

 共同通信によれば、電話取材に答えたラサ市のタクシー運転手は、16日、武装警察と見られる部隊が軍用トラックで市中心部の住宅一軒一軒をしらみつぶしに家宅捜索。暴動に参加したと疑われる人物を「家畜を抛り込むように」トラックの荷台に乗せ、次々とどこかへ連れ去っているという。また、こうした人物には激しい暴行が加えられ、既に数百人が拘束されたとの情報もある。

 暴動はチベット自治区以外にも拡大中との情報もあるが、とはいえ常識的にはいずれは鎮圧されていくと見るのが穏当だろう。その後には、以前にも増す報復的な弾圧と圧制がまっていると思われるのだが、そうした事態の展開を思うと、じっとしていられないような胸の痛みを覚える。

 これはチベットではなくウイグルの話だが、昨年の秋来日された人権活動家、ラビア・カーディルさんが次のように証言していたのを思い出す(水谷尚子『中国を追われたウイグル人』)。彼女が「国家安全危害罪」なる罪名の下、懲役8年の宣告を受けて監獄にいた時のことだ。

 拘置所に入ってしばらくたったある日、公安がやってきて、こう言いました。「我々にはおまえを殴る権利は与えられていないが、心の血を一滴一滴絞り出して悔やませることはできる」(中略)
 間もなくして、連れていかれた部屋の、壁を隔てた両方の隣室から、男の坤き声が聞こえてくるのに気が付きました。ひとは様々な声を発する生き物だけれど、それは生まれて初めて聞く「音」で、人間の声というより、殺される直前の牛の叫び声、或いは巨大な怪物が地底から発している叫びのようでした。(中略)苦しそうな悲鳴に、拷問の残酷さが想像されて、全身が震え、血液が凍っていくのを感じました。(中略)
 それから大分たってから、一人のウイグル人青年が、二人のウイグル人の公安に肩を掴まれ引きずられて、瀕死の状能で私の目の前に連れてこられました。ウイグル人公安の上司なのでしょう、ついてきた一人の漢族が、「ラビア、おまえの民族英雄たちの顔を見ろ!」と言い放ち、私が凍り付いていると、その男はまた「右を向け」と命令しました。恐る恐る目線を向けると、もう一人のウイグル人青年が、同じように地面に投げ捨てられていました。彼ら二人は、下半身ばかりが血だらけなのです。(中略)何をされたのか分りません。酷い拷問を受けたらしく、四肢に力は無く、首も下に垂れ、ぐったりしていました。瀕死というか、二人とも既に死んでいるのではないかと思いました。

 恐らく、今回の暴動に関わったチベット人たちに対してもこうしたむごたらしい報復が行われるのだろうが、こんな中国政府に対して、「人権」の名で抗議の一つも行えない日本の政府とは何なのかと思えてならない。藪中外務次官は手回し良く、早くも胡錦濤訪日は「予定通り」などと答えているが、毒餃子事件も含め、何もなかったかのように、馬鹿の一つ覚えのごとく「日中友好」をニコニコ顔で確認し合うというのだろうか。

 一方、自民党の中では「人権擁護法案」提出に向けた執拗な働きかけが続いている。人権救済が必要な事例がこの国には数多くあり、そのために「人権委員会」なるものが作られる必要があると、この人たちは真顔でいう。しかし、人権侵害というなら、何よりもまずこうした人権侵害に対して即刻声を上げ、国民の意識喚起に乗り出すのが、人権派たるものの真っ当な道なのではないか。人権侵害や差別がいけないというなら、ここにこそ人間として声を上げるべき喫緊の課題があるのではないかと思うのだ。

 「いや、われわれはあくまでも日本のことを問題にしているので」などという言い逃れはいうなかれ。「人権とは国家以前の人間の権利として存在するものだ」というのが、あなた方人権派の言い分だった筈なのだ。それを「地域限定の人権救済」だなどと余りにも悲しいではないか。今こそあなた方が頼りにする国連などに駆け込んで、中国政府に勧告なり意見書なりを出してもらう時ではないのか。

 最後にもう一つ。やはりウイグルのグルジャという町でウイグル人の若者たちが平和デモを行った時のことに触れておきたい。この時のデモ参加者は15000人ほどだったというが、中国の武装警察はそれを一網打尽に押さえ込み、全員を逮捕したのみならず、結果的には60000人を逮捕したという。デモ参加者のみならず、後にその親族をも含めた関係者までにも捜査の網を広げ、それを逮捕したのである。のみならず、今なおその結果の行方不明が8000人。これが中国政府のいう「自国の主権を守る決意と能力」なるものの実態だということなのだ。

 時あたかも、台湾では総統選の争点にこの問題が急遽浮上し、馬英九候補優位の状況にもひょっとすると影響が出るか、などといった見方も広がっている。こんな暴虐な中国に彼がいう融和路線など成り立つのか、判断するのはあくまでも台湾の人々とはいえ、どうかこの中国の姿を慎重に見極めてもらいたいと思うのは筆者だけではあるまい。

 いずれにしても、今こそ心ある者――とりわけ日本の心ある政治家たちは、中国に抗議の声を上げるべきだと思う。