リベラルの物語から保守の物語へ

リベラルの物語から保守の物語へ

サッチャーに学ぶ「リベラルの物語の全誤謬の否定」から新しい物語への道


◆「大文字の政治」はどこへ行った

 今回の選挙は「マニフェスト選挙」なのだという。年金制度をどうする、道路行政をどうする、あるいは地方分権をどう進めるといった具体的政策課題につき、期限や目標数値などを示す「マニフェスト」なる選挙公約を提示し、それを争点として戦われるのが今回の選挙の特徴だとされるからだ。国民の六割もまたその投票に当たり、この「マニフェスト」を参考にすると答えているとマスコミは報じている。

 とはいえ、突如降って湧いたかのごときこのマニフェスト・フィーバーに対し、大きな不満を感ずる向きがその一方にあるのも否めない事実である。マニフェスト選挙それ自体に異論はないとしても、その内容が余りにも枝葉末節、技術論的に過ぎ、こんなものでわが国のあり方・進むべき道が全て語り尽くせるのか、との疑問がそこにはあるからだ。「官僚支配の打破」どころか、これでは政治家が逆に官僚の真似事をしているような話で、もっと大きな、いわゆる「大文字で語られるべき政治」はどこへいってしまったのか、という疑問が出てくるのである。つまり、国家の根幹に関わるビジョン、それを支える精神、外交防衛政策の基本、そしてそれを担っていく政治家の覚悟……といったものが一向に見えてこないということなのだ。小利口な政策オタクが、お互いに重箱の隅を突っつき合っている図、といったらいい過ぎだろうか。

 さて、そんな中で、筆者がここであえていいたいのは、政治家はむしろ前記したような「大文字の政治」を前提とした、自らのトータルな政治認識――「政治的物語」をこそ語るべきではないか、ということである。国家の現状と将来のあり方への認識といえば話はその方がわかり易いのかも知れないが、この国家をどのようなものと自分は考え、それをどういう方向へもっていこうとしているかの認識をこそまず語れ、ということなのである。

 そもそも政治とは、最も根元的にいえば、国家への一定の自己認識を背景とした権力をめぐる攻防ということであるだろう。政治とは権力をめぐる闘争というのが教科書などの一般的定義だが、その前提となるのがこの自己認識、というのが筆者の政治観であるからだ。つまり、政治の最も根元的な営みとは、この国をいかなる国と捉え、それをどのような国にしていこうかというそれぞれの認識と価値観をめぐる戦いであり、更にいえば、その中のどれを国家的正当性をもつものとして認めていくか、ということについての闘争だということなのだ。これはいい方を換えれば、いかなる「政治的物語」を、誰が説得力をもって語るかという問題をめぐる争いであり、その中でいかなる「政治的物語」が正当性を獲得していくかということについての攻防だといってもよいだろう。

 だとすれば、政治家はまず何よりもこの「政治的物語」をこそ語るべきなのではないかというのが筆者が最近の政治のあり方に対して抱く思いなのである。各党のマニフェストが指摘するような枝葉末節ではなく、むしろ国家という大木の根幹を形成する「物語」をこそまず語るべきではないかということなのだ。

 

◆「リベラルの物語」が生み出した「亡国の物語」

 ところで、この政治的物語という視点からいう時、今日まさに語られるべきは「保守の物語」ではないかというのが筆者の認識だともいえる。前号の拙論においても指摘したように、これまでわが国の政治を一貫して支配してきたのは「リベラルの物語」ともいうべき政治的物語であった。それを根本から転換し、今こそ「保守の物語」を――というのがここ数年来、筆者がこの日本政治に対してひそかに抱き続けてきた願いなのである。

 「リベラルの物語」とは、いうまでもなく戦後占領軍によって強制された方向性に基づく、戦後日本人のこの国への自己認識であり価値観の表明でもあったといえる。それは具体的にいえば、まずは日本を過去の戦争の一方的加害者とする「日本断罪の物語」であり、また非武装平和主義という名の「国家超克の物語」であり、そして不可侵の基本的人権という立場からの「国家敵視の物語」であった。つまり、憲法前文に表明されたあの「戦後日本国家の物語」こそ、まさにかかる政治的物語の基調であったのだ。

 この物語が依然として今日も権威をもって語り続けられているというのがわが国の現状でもある。「もはや戦後ではない」とはこの半世紀、マスコミなどで飽くことなく繰り返されてきた常套語でもあったが、まさにこの物語については、「戦後」は未だ依然として終わることのない今日の現実そのものでもあるというのがわが国の実際のありようであるからである。それどころか、今は状況はもっと進み、この物語がむしろ国家解体をめざす「白い共産主義」なるものの温床の役割すら果たし始めている、というのが今日のわが国の新たな状況だともいえる。だとすれば、このような物語を根本から覆し、今こそ国家という存在を正面から見据え、その役割を正当に認め、それを全政策の中心に位置づけていく「保守の物語」が語られねばならない――というのがここで筆者が指摘したいと考える提案なのだ。

 拉致問題に対する無策、歴史教科書問題に対する無定見、靖国神社参拝についての迷走、そして北朝鮮の核開発に対する腰の引けた外交ぶり……等々、果たしてこの国は独自の国家意志をもつ主権国家なのか、とさえ疑問を抱かされているのがわが日本国民だといえる。「リベラルの物語」に基づく国家の否定、あるいはその軽視が、このような国家意志そのものが欠落した「漂流外交」を生み出しているといえるからだ。

 一方、子どもたちの将来、教育のあり方、家庭の現状、そして乱れ行く治安の行方……といった一連の問題に対して、国民はこのままではこの国は解体し、溶けてなくなってしまうのではないか、とさえ不安を感じ始めているのも事実である。国家なき個人万能・責任なき権利万能の思想が、この「リベラルの物語」の基調であり、そうした思想こそがこれらの「社会的バイアス」を産み出す元凶であるともいえるからだ。だとすれば、今こそそうした「亡国の物語」に代わる「保守の物語」が語られるべきなのである。

 とはいえ、そのことはいうは易くして、実際には行いがたいことでもある。わが国でこれまで保守といわれてきた人々は、これまで一貫してこの種の物語につき、考えるという作業それ自体を放棄してきたからだ。保守といっても、その実態はせいぜい反共か資本主義擁護か既得権益の防衛であり、「リベラルの物語」それ自体に代わる独自の「保守の理念」をもった保守派など、少なくとも安保闘争以後ということでいえば、そもそも存在しなかったといってさえ過言ではないからである。つまり、余りに左にはみ出すリベラルに対し、せいぜい体質的反発を示す程度の保守ではあり得ても、その根底にある「リベラルの物語」それ自体に違和感を感ずることなど、そもそもあり得ない話であったのだ。

 しかしながら、もはやそのようなことでは成り行かない所までこの日本は来ているというのが、ここで筆者がとりわけ強調したい現実でもある。前号にも指摘したように、このままでいけば、そもそも国家そのものの存立すら危ぶまれるというのが、筆者のこの日本に対する問題認識であるからだ。とすれば、われわれはこうした現実を産み出している根本にあるものを抉り出し、まさにそれに代わる新たな日本国家に対する大局的な方向性と展望――つまり「保守の物語」をこそ提示しなければならないのである。

 

◆「社会主義の物語」を打破したサッチャー

 こうした「保守の物語」というものを考えようとする時、われわれにとって大きな示唆を与えてくれるのがサッチャー元首相によるサッチャー革命だといえるだろう。ここで彼女が行おうとしたのは、当時「欧州の病人」といわれるまでに国力が低下し、活力を失ってしまっていた英国社会を、再度「活力ある資本主義の国」へと建て直す「世直し」のための改革であったが、これはまさにそうした英国に「保守の物語」を対置するための戦いをもまた意味していたからだ。当時、英国に与野党問わず蔓延していたのは「社会主義の物語」であった。彼女はこれを根本的に拒否し、英国の国民は国家に依存するのではなく自分の足で立つべきだ、そうすればこの英国は必ず偉大な国として再び甦る、と訴えたのである。自立・自助の哲学――つまり「保守の物語」の提起である。

 彼女はまず、当時野党であった保守党の党首という立場からこの革命への歩みを始めた。その時、国民に向け語った以下の言葉は、まさに彼女が目指さんとした「世直し」の方向性、そしてその徹底性を象徴的に語るものだといって過言ではない。

 「われわれの目的とするところは、稀に見る無能な現政府(キャラハン労働党政府)を政権の座から追い出すことだけではありません。労働党は社会主義を拡大するために存在しているわけですが、その社会主義の全誤謬を、そうです、社会主義の全誤謬を破壊することがわれわれの目的なのです」

 つまり、「社会主義の物語」の全体系を完膚無きまでに粉砕し、それをこの英国から完全追放することが自らの「世直し」の目的だと宣言したのである。社会主義といえば、それは労働党の専売特許だとわれわれは思いがちだが、実は保守党もまた福祉主義の名の下に「同じ穴の狢」になり果てている、というのが彼女の認識であった。「保守党は左に向けての長い行軍の途中でテントを張ったに過ぎなかった」と彼女は述べるが、その行軍の進路そのものを否定し逆戻りさせることなど、彼らの思考そのものになかったのだ。

 それゆえ、そうした保守党の曖昧な姿勢をも含め、かかる「社会主義の物語」を徹底して打破し、それに代わる「新たな物語」を提起しようとしたのがサッチャー革命だったといえる。以下は、かかる「革命」に彼女をして立たしめた基本モチーフともいえるものである。

 「自分自身や自分の家庭を向上させようという男女に対して労働党は偏見をもっている。中小企業者や自営業者のような普通の人々が栄えるのはけしからんというのである。集団的に豊かになるか、みんな貧乏になるかにせよ、ということなのだ。質の向上、自立、創造性、天才、あらゆる形の富、生活の多様性――こういったことに労働党は全て反対なのである。
 こんな社会は進歩できるわけがない。われわれの文明は、何世代にもわたって、卓越しようという意志のある人々によって築かれてきたのである。……強者がいなければ弱者の面倒は誰が見られるのか。成功する者を押さえ込むことは、援助を必要とする人々を罰するに等しい」

 しかしながら、これは今日好んで説かれるような単なる「自由経済の物語」とだけ理解されるとしたら、それは誤りであるだろう。その根底にはむしろ「ヴィクトリア時代の美徳に帰れ」という彼女の有名な言葉に象徴されるような正真正銘の保守の哲学があったからだ。この時代は英国人にとって、英国史上の最盛期として回顧される良き古き時代だが、それは同時に、国民の間に勤勉・自助・質実・節約などの精神的気風が漲った時代でもあった。彼女はむしろそうした伝統的美徳の「復活」の必要をこそ説いたのである。つまり、過去の伝統・慣習・制度を「祖先の知恵のかたまり」として尊重するのがバーク以来の保守主義の思想的支柱だとすれば、彼女の主張はまさにそうした思想に正当に根ざす「保守の物語」とこそ呼ばれるべき主張であったということなのだ。

 

◆サッチャーに見る「保守」とは?

 ところで、このことに関連して、彼女は「フランス革命二〇〇年」が祝われたパリの先進国首脳会議において、次のような特筆に値する言葉を述べていることも忘れるわけにはいかない。曰く――自分が大切にする「自由」はフランス革命において突如唱えられた自由ではなく、むしろイギリスの自由の伝統の中で、何世紀もかけて発達し、洗練された自由である、と。つまり、継続、法に対する敬意、そしてバランス感覚とともにある自由なのだ、と。

 以下は、彼女のその時のスピーチの一節である。

 「人権はフランス革命から始まったのではありません。……(それは)ユダヤ教とキリスト教の混合に本当は由来しているのです。……(私たちイギリス人には)一六八八年に、王を制して議会がその意志を発揮した静かな革命がありました。……それはフランスのような革命ではありませんでした。……自由、平等、博愛、これらは義務と務めを忘れたものだと思います。そしてもちろん、博愛は長い間、顧みられませんでした」

 つまり、彼女によればフランス革命は政治における永久の幻想であり、自惚れたインテリたちによって編み出された「抽象的な概念」を旗印にした、ユートピア的な幻想に他ならなかったということなのである。それが先鞭をつけたのは、むしろ一九一七年のボルシェビキ革命であり、それは彼女をしていわしむれば、むしろ自由の否定に他ならないものであった。彼女における「リベラルの拒否」というものの「徹底性」が理解できるだろう。

 こうした主張とともに、彼女は「家族の絆」を強化することの必要性をもまた力説した。「社会主義の物語」を唱え続けた知識人たちに対し、その一見高尚なレトリックの影に隠れた薄っぺらな人間観とその反社会性を衝いたのである。それは文字通り、社会と家族を堕落させ、伝統的な価値をあざけるだけの「人間性破壊のイデオロギー」に他ならなかった。彼女はそれに対し、家族を社会の中の最も大切な要素と位置づける「もう一つの物語」を対置し、伝統的な家族を強化するための一連の対策を模索したのである。

 「伝統的な家族の強化に力を注ぐことによって、犯罪の根源やそのほかの多くの問題に対処することができる。私は首相であった最後の二、三年の間にこの確信を深めるようになった。……父親の指導を得られない子供はあらゆる種類の社会問題の被害を受けやすい。単身の親は相対的に貧しく劣悪な住居に住むことになりやすい。子供は親が認識しているよりも離婚によって深く傷ついている。不安定な家庭環境にいる子供は学習困難に陥りやすい。実の父親がいない家庭に育つ子供は虐待を受ける危険が高くなる。こういう子供たちが都市へと逃亡し……やがてはあらゆる悪のえじきとなるのだ」

 彼女はこのような認識から、家族が果たしてきた強靱な精神的役割を指摘し、家族が社会の最も基本的で自然な構成単位であるとの「保守の物語」を語ったのである。

 それとともに、彼女が取り組んだのは国家、そしてその積極的な役割を正当に位置づけていく一連の政策であった。当時、英国においても、国家は危険だとか、自分の国を誇りに思うべきではないとかいう国家否定の主張が唱えられていた。これに対し、彼女は国家の役割を全面的に肯定し、その延長線上に西側同盟の強化、軍事力の増強、警察力の強化などといった一連の政策を推進したのである。国防意識をもった強い民族国家だけが国民を安定的に統合することができ、ナチズムや共産主義のような脅威に精神的に対抗できると彼女は説いたのだ。以下はそのような認識の根底をなした彼女の国家観といえるものである。

 「保守派にとって、国家とは(家族のように)深遠で肯定的な社会的価値をもつものでもある。国家の伝統と象徴的な意味をよりどころとして……共通の利益のために協力し、犠牲を払うよう奨励することが可能になる。国家の存在は、方向を見失わせるような激しい変化に対して、われわれに心理的な錨、すなわち連続的存在であるという気持ちをもたせてくれるアイデンティティを与えるものである。この意味で、国籍をどうでもよいと思う人は、自分の家族的背景や……宗教的な信念を捨てる人と同じように、社会にとっての潜在的危険なのである。そのような人は、すぐに中途半端なイデオロギーや情熱にとらえられ、その犠牲になりやすいからだ」

 こうした国家に対する信念から、彼女は英国国家への現実の侵略とも断固として戦った。その代表があのフォークランド戦争であったが、彼女は迷うことなく「侵略されたら取り返さなくてはなりません」といい、むしろその戦いに「偉大なるブリテン」復活の運命を賭けたのである。「イギリスには、いま再び誇りという泉がわき出ている」――この戦争が勝利に終わった時、彼女はこう述べたという。それこそが彼女の「保守の物語」なのであった。

 

◆歴史と家族と国家の物語を

 さて、これがサッチャー革命における「保守の物語」であったとするなら、わが国ではどのような「物語」が語られるべきなのだろうか。

 幸いなことに、わが国でもこのままでは亡国は必至――と、憲法の改正だの、教育基本法の改正だの、あるいは構造改革だの、といった根本的な改革が叫ばれている。しかし、その実際の内容を見ればわかるように、実態は実は悲惨ともいえるほど無内容で空疎でもあるというのが現実だといえる。「保守の物語」どころか、むしろ相変わらず「リベラルの物語」が焼き直されて登場しているというのが偽らざる現実であるからだ。これでは国家再生どころの話ではなく、むしろ国家解体・国家弱体化の流れに一層の拍車をかける結果にすらなりかねないというのが正直なところだといえるのだ。

 筆者は数年前、まさにこの種の改革論の典型として、当時の橋本内閣の下での行政改革会議がまとめた最終報告書なるものを取り上げたことがあった。この報告書は、「われわれが取り組むべき改革は、もはや局部的改革にとどまり得ず……国民が統治の主体として自ら責任を負う国柄へ転換することに結び付くものでなければならない」などと大風呂敷を広げつつ、まさにその改革とは「日本国憲法のよって立つ精神によって、それを洗練し、『この国のかたち』を再構築すること」だと、憚ることなく「護憲の物語」を謳い上げる国家的文書でもあったからだ。この報告書はその基調として、とりわけ以下のような物語を語っている。

 「日本国憲法13条は『全て国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については……立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする』と規定している。ここに『個人の尊重』とは、一人ひとりの人間が独立自尊の自由な自律的存在として最大限尊重されなければならないという趣旨であり、そのためにこそ各種人権が保障されるのである。そして憲法前文にいう『主権が国民に存する』とは、そのような自律的存在たる個人の集合体である『われわれ国民』が、統治の主体として、自律的な個人の生、すなわち個人の尊厳と幸福に重きを置く社会を築き、国家の健全な運営を図ることに自ら責任を負うという理を明らかにするものである」

 ここにあるのは、要は国家は個人の「契約」によって成り立つ人工的集合体であり、その個人がまさにそこにおける「主人」に他ならないという物語に他ならない。個人の尊厳と幸福追求が全てであり、国家はただそのためだけに存在する「自由加盟の社団」のような存在だという話なのである。これを「リベラルの物語」といわずして何と呼ぶかという話でもあるが、こうした論理の中には、本来国家の基礎をなしている筈の歴史伝統への視点もなければ道徳への視点もなく、また家族も宗教も歴史の中で形成された国民精神も全て思考の中から外されているということなのだ。ということは、実はそこには本来の意味での国家への視点も全くないという話でもある。

 筆者がここで求める「保守の物語」とは、むろんそのようなものではない。それはそうした一切のリベラル的思考を突き抜け、払拭し、むしろそうしたものの痕跡が一切がなくなったところから初めて語られるべきものであるからだ。サッチャー元首相のいう「リベラルの物語の全誤謬の否定」である。つまり、リベラルの思考からくる発想・制度といったものを根本から拒絶し、その上に初めて語られる「新たな物語」ということである。だとすれば、果たしてそれはどのような「物語」であるべきなのだろうか。

 紙数の関係上、以下は結論としてのみいう他ないが、それはまず第一に「歴史」が基調となる物語であるべきだということだろう。国家とは「歴史」を共有すると考える者によって成り立つ共同体であり、「歴史」こそが魂だといって過言ではないのである。「一国の人々を滅ぼすには、まずそのルーツを断ち切ることだ」と指摘したのはソルジェニーツィンであったが、「歴史」を喪失したままで国家は国家たりえないというのが、そもそも国家の本質だということなのだ。その意味で、「保守の物語」の核心は「国民の歴史の物語」であるべきなのである。

 第二に、それは「家族の強化」という志向性をもった物語であるべきだろう。家族こそがこの社会の基本であり、社会を健全たらしめるものだともいえる。「個人」などというのはあくまでも抽象の産物であり、実は「家族のなかの個人」として位置づけられて初めて本来の意味をもちうるのである。そうした家族の意義を語ることが求められよう。

 第三に、それは「国家」を基本とした物語であるべきだろう。国家がなければ平和も秩序も成り立ち得ない。ということは、また個人の尊厳も幸福追求の権利の実際の保障もまたあり得ないということなのだ。だとすれば、そうしたものの前提たる国家の意義とそれを成立せしめるための前提、あるいは条件が語られるべきなのである。例えば、国家主権、国家の独立、国防、国益の追求……等々が語られるべきなのだ。

 それとともに、最後にそれは「現実の物語」でもあるべきことを指摘したい。「人類の物語」だとか「国連の物語」だとか「国家なき個人の物語」だとかを拒否し、あくまでも現実に基づいた地に足のついた物語を語るべきだということだ。前記したような夢物語は知識人の空想の中にしか存在しない。われわれはあくまでも現実を踏まえ、その重みの中で国家と国民のあるべき姿を考えねばならないということなのだ。

 

 さて、ここでもう一度「マニフェスト」に戻りたい。こうした肝心なものが一切入っていないのが、各党の「マニフェスト」の現実だともいえる。そこにあるのは国民へのサービス・メニューであり、様々な技術的行政課題の列挙であるといって過言ではない。思うに、国家は手段以上のものではなく、それを守ることやその拠って立つ精神を云々することなど、この制作者たちには眼中にすらなかったということなのだろう。ということは、どの党もその前提にあるのは、実は「リベラルの物語」そのものであり、その上で枝葉末節の各論的な政策を競い合っているだけだということなのだ。

 しかし、このような発想で、あるべき明日の日本の真の姿が描けるのだろうか。年金が安泰となり、雇用が創出され、構造改革さえ行われれば、この国は大丈夫だとこの「マニフェスト」はいわんばかりだといえる。しかし、われわれが直面しているのは、この日本国家の崩壊の可能性という「国家そのものの危機」なのだ。果たしてこのようなものでこの危機は救えるのだろうか。ここは日本の前途を憂える国民の一人として、「リベラルの物語」から「保守の物語」への転換を求めずにはおれないという次第なのである。(日本政策研究センター所長 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成15年11月号〉