大震災が明らかにした「国のかたち」

大震災が明らかにした「国のかたち」

未曾有の大震災は、今日の日本人に対して日本という国や日本人のあり方を目に見える形で提示し、その一方、日本と日本人はこのままでいいのかとの根本的な問いかけを発しているように思える。


 

 一面の瓦礫で掩われた町、家の土台だけが続く元住宅街、食料も燃料も不足する避難所……マグニチュード九・〇という観測史上に残る巨大地震と、それによって起こった想定をはるかに超える津波によるものとはいえ、今回の東日本大震災の被害は映像を見ただけでも心が張り裂け、言葉を失う。

 現時点(三月二十五日)では、そのために命を失った方、行方の分からない方を併せると二万七千人を超えるとされている。お亡くなりになった方々には衷心より哀悼の意を表し、また家や家財を失ったうえに、先の見えない避難生活を余儀なくされている二十数万人の方々には心からのお見舞いを申し上げたい。

 しかし、災害との戦いはまだ続いている。津波の犠牲者は二週間たった今も増え続け、深刻な原発事故は原子炉冷却に向けて懸命の努力が続いているが、まだ綱渡り状態にあると言われる。さらに漏れた放射性物質による影響が原乳、野菜、水道水にまで拡がりつつある。

 津波被害や原発事故の現場はプロに任せるしかなく、被害が現在進行形の大震災を巡る政治論や政策論を論じるのはまだ時期尚早とも思えるのだが、間もなく起こってくるであろう、この国難をどう克服するのかという議論のあり方は考えておくべきではないかと考える。

 今後、防災政策や危機管理、エネルギー政策などの政策論、また国家規模の東北復興策、さらにはポスト菅政権を巡って政界のあり方も論じられるであろう。しかし、それと同時に、もっと深く、国家の在り方や日本人の精神の有り様などに思いを至らせ、日本という国家は何によって支えられているのかを考えねばねばならないのではないかと思う。

 というのも、今回の大震災は、今日の日本人に対して日本という国や日本人のあり方を目に見える形で提示し、その一方、日本と日本人はこのままでいいのかとの根本的な問いかけを発しているように思えるからである。以下、その一端を書かせていただく。

 

◇国家なくしては対処できない事態

 まず最初に指摘しておきたいことは、こうした非常事態には国家なくして対処できないという、きわめて当然の事実である。

 国家が機能しなければ、自衛隊が緊急に投入されることもなければ、全国からの警察、消防、海保の支援もなかった。電力供給にはじまり、通信、物流、農産品の検査に至る国家的規模での支援策も機能しなかったに違いない。

 民主党は、結党以来「下からの民主主義」によって実現する「市民中心社会」をめざすと公言してきたが、それは彼ら自身が言うように国家「主権の相対化」、「縮減、抑制」を意味している。いわば「国家なき市民社会」をめざしてきた政党と言えよう。しかし、今回の大震災は、「国家なき市民社会」も、その延長線にある「地域主権」だとか「新しい公共」だとかも、この緊急事態を前に何ら意味を持たないことが誰の目にも明らかとなった。

 そんな民主党が政権党の時代に、国家が機能しなければ災害との戦いも災害からの復興もあり得ないという事態となったことは日本にとって誠に不幸なことと言わねばなるまい。事実、菅首相の過った「政治主導」や政治的パフォーマンスによって初動で躓き、一方では、政治主導と言いながら責任は自衛隊などに丸投げするかのような無責任ぶりも指摘されている。ただ、そうした問題は事態が収拾された後に改めて論ずることとしたい。

 いずれにしても、今回の大震災は、国家なくして今日の非常事態には対処できないという当然の事実を明らかにした。その意味で、今後の政策論も、国家を前提とし国家の視点に立ったものでなければならないことを先ず確認しておきたい。

 

◇混乱の中でも示された「日本人の美徳」

 しかし、今ここで考えたいのは、内閣や国会という制度、また法律や政策ではない。それらの基礎となる国家の精神的基盤とでもいうべきものである。今回の大震災によって深く考えさせられたのはまさにその点だったからである。

 今回の大震災で忘れてはならないのは、被災された方々がこれだけの甚大な被害を冷静に受け止め、家族、親族、友人の安否を気遣い、さらには自ら立ち直っていこうとしている姿である。妻の遺体を発見してくれた消防隊員に「見つけてくれて、ほんとに感謝しています」と言う老人。「船も家もなくしたけれども、子どもは無事だった。あとはもう何もいりません」と言う女性。救助してくれた自衛隊員に「すみません。ありがとうございます」と頭を下げる老女。

 厳しい寒さのなかで、水も食料も燃料も不足する避難所で、辛抱強くきちんと長い行列に並ぶ被災者たち。なかには、沢山の人が避難所にいけば迷惑だろうからと言って自宅に留まったり、東京から来たテレビクルーにあなたたちも空腹だろうからと言って食事を勧めた人もいたという。これほどの災害のなかで、暴動も略奪も報じられていない。

 こうした被災者たちの姿に海外メディアが驚きを隠せないでいることは既に報じられているとおりである。米国CNNテレビの記者は、「住民たちは冷静で自助努力と他者との調和を保ちながら礼儀をも守っている」、またハリケーン被害にあったニューオリンズのケースと比較しながら、商店などの略奪行為は「そんな動きはショックを受けるほど皆無だ」と仙台からレポートしている。中国紙・新京報は避難所の被災者が大声で言い争うことなく秩序良く並び、弱者優先で助け合っていると書いている。また、新華社通信の記者は「信号機が停電し交差点に警察官も立っていないのに、ドライバーはお互いに譲り合い、混乱はまったくない」と驚きをもって伝えている。

 今回混乱のなかでも示された、礼儀正しさ、相手への感謝の思い、助け合いと団結の精神、家族の強い絆……これはまさに「日本人の美徳」そのものと言えるのではあるまいか。

 

◇自己犠牲をいとわぬ勇気と使命感

 それと同時に、災害現場での自衛隊、消防隊、警察、海上保安庁などが命懸けで展開している捜索・救出、救援活動には、そのニュースを聞く度に深く感銘を受けた。

 雪の降るなか人力で瓦礫をかき分けて生存者を捜す自衛隊員、重油で汚れた海に潜って遺体を捜索する海保のダイバー等々、捜索活動の過酷さは何度もテレビで紹介されている。しかも、その大半は地元在住者もしくは出身者であるという。被災地に家族を残し、連絡も十分にとれないまま救援活動を続けている隊員がいることも忘れてはなるまい。

 BJプレスというウエブサイトに掲載された桜林美佐氏のレポートによれば、自衛隊員は「氷点下の気温の中で作業を続けるが、燃料を使うわけにはいかないと、暖をとることもない。持っていた隊員用の携帯糧食を、迷うことなく被災者に渡す隊員ばかりだ」という。

 まだ断片的にしか報じられていないが、職務遂行中に津波の犠牲となった方々もいる。津波から避難する住民を誘導して殉職した警察官、避難を呼びかける放送を続けて自らは避難しなかった市役所の女性職員、高齢者を避難させようと地域を巡回している最中に津波にのみ込まれた民生委員……。

 むろん、原発事故では、放射線のなかで自衛隊や消防が命懸けの活動を続けている。桜林美佐氏のレポート(前出)によれば、三月十四日に福島第一発電所三号機で起こった水素爆発では自衛隊員四名が負傷したが、負傷した中央特殊武器防護隊長は現場で活動を続けると後送されることを拒否したという。また陸自ヘリによる上空からの放水作業が決まった際には、被曝覚悟の作戦であるにもかかわらず、「自分が行きます」と「全ての隊員が口を揃えた」という。被災したため応召義務は免除されているにもかかわらず、予備自衛官動員に応召した酒屋の店主である即応予備自衛官の様子が報道されてもいる。

 自衛隊だけではない。十八日に東京消防庁のハイパーレスキュー隊が放水作業を行ったが、敷地への進入前、隊長が「かなり困難な活動になるが、いいのか」と尋ねたが、弱音を吐いた隊員はいなかったという。この隊長は、全隊員のなかで最も被曝量が多かったにもかかわらず、「自分の被ばく線量が最大ならば、隊員は自分より安全」と語っている(時事通信・三月二十五日)。

 自衛隊や消防隊は実際行動を通して、自己犠牲をいとわず任務を遂行せんとする勇気と使命感・責任感というものを日本人に示してくれた。日本国家を支えているのはまさにこういう人たちなのである。

 

◇先祖が乗り越えてきた道

 こうして示された日本人の美徳、勇気や自己犠牲の精神は、決して一時の産物ではない。産経新聞の古森義久記者によれば、大震災後にワシントンで開かれた討論会「日本の悲劇=危機から分岐点へ?」のなかで、日本の文化や社会を専門とするジョージタウン大学のケビン・ドーク教授はこう指摘したという。

 「日本国民が自制や自己犠牲の精神で震災に対応した様子は広い意味での日本の文化を痛感させた。日本の文化や伝統も米軍の占領政策などにより、かなり変えられたのではないかと思いがちだったが、文化の核の部分は変わらないのだと思わされた」(産経新聞・三月二十五日)。

 ドーク教授は、大震災での日本人の対応は、占領政策によっても変わらなかった日本の「文化の核」だと言うのである。この指摘を自衛隊や消防隊の奮闘ぶりに当てはめれば、教育勅語は失効させられたが、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」の精神は死んではいなかったと言うことも出来よう。

 思えば、美しい四季と豊かな自然を持つ日本は、同時に世界有数の自然災害多発国でもある。国土面積は世界の〇・二五%しかないにもかかわらず、全世界で起こるマグニチュード六以上の地震の二〇%は日本で起こっている。地震によって起こる津波の被害も多く、世界的にもTSUNAMIと表記される程である。また日本列島は台風の通り道にもあたり、台風による風水害も多い。しかも、国土は細長く中央を山脈が貫く急峻な地形であり、そのため川は急勾配で短く、常に氾濫をひきおこしてきた。

 この過酷な自然条件のもと、われわれ日本人の祖先は、何度も様々な自然災害に見舞われつつも、何千年にもわたってこの列島で生きてきた。それは同時に、そうした災害を何度も何度も乗り越えてきたということを意味する。つまり、今回の災害は未曾有の規模ではあるが、われわれの先祖が乗り越えてきた道でもあると言える。

 その意味で、自衛隊や警察などが現場の奮闘で示しつつある使命感や勇気も、多くの被災者が示している美徳も、日本人のDNAともいうべき歴史的に培われてきた日本人の資質であり、今度の震災にあってもその精神が変わることなく発揮されているとも言えるのである。

 言い換えれば、今回の津波から避難する住民を誘導して殉職した警察官のような日本人が過去に何人も存在し、また困難な任務であっても「自分が行きます」と応じる日本人が何人もいたからこそ、今日の美しい国土が築かれたとも言えよう。

 こう考えてくれば、いま我々が大震災に際して目にしているのは、日本国家を成り立たせてきた精神でもあると思うのである。

 

◇日本の「国のかたち」

 最後に三月十八日に発表された天皇陛下のお言葉についても書かせていただきたい。

 「厳しい寒さの中で、多くの人々が、食糧、飲料水、燃料などの不足により、極めて苦しい避難生活を余儀なくされています。その速やかな救済のために全力を挙げることにより、被災者の状況が少しでも好転し、人々の復興への希望につながっていくことを心から願わずにはいられません。そして、何にも増して、この大災害を生き抜き、被災者としての自らを励ましつつ、これからの日々を生きようとしている人々の雄々しさに深く胸を打たれています」。

 お言葉の冒頭で、天皇陛下はこのように被災者の苦難に御心を寄せられ、次いで救援活動の懸命の努力をねぎらわれた。

 「自衛隊、警察、消防、海上保安庁を始めとする国や地方自治体の人々(中略)が、余震の続く危険な状況の中で、日夜救援活動を進めている努力に感謝し、その労を深くねぎらいたく思います」

 そして「海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています。これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」と述べられた上で、最後に被災者と全国民に対して次のようにお呼びかけになられた。

 「被災した人々が決して希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いてくれるよう、また、国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」

 このお言葉を拝聴して、天皇陛下がどれほど被災者にお「心を寄せ」ておられるのかが、ほとんどの国民に伝わったのではあるまいか。とりわけ、被災された方がどれほど勇気づけられ励まされたことか、想像に難くない。

 常に国民の身の上にお心をお寄せになり、平安をお祈りになられるのは皇室伝統の核心である。その伝統が大震災という非常時にあたって、異例のビデオによるお言葉という形で発表されたと言えるのではあるまいか。

 被災地であっても礼儀正しく助け合い団結する人たち、使命感や勇気もって災害と闘う人たちがいる。その苦難に天皇陛下がお心を寄せられお祈りになっておられる。ここに、日本の「国のかたち」とも言うべきものが示されているとの思いがしてならない。

 その意味で、大震災からの復興は、こうした大震災のなかで示された「国のかたち」をこそ原点として構想されるべきだと思うのである。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成23年4月号〉