地域再生に「精神のよりどころ」は不要なのか

地域再生に「精神のよりどころ」は不要なのか

震災復興と「神社再建」の課題を考える


 

 東日本大震災の後、「地域の絆」への関心が高まっている。いまはどこに行っても「絆」という文字が目につく。それは「家族の絆」という意味で受け止められることも多いのだが、津波被害を受けた東北三県沿岸部では地域共同体が被害の拡大をくい止めたことが広く知れわたったこともあり、災害時における地域の「人と人のつながり」、つまり「地域の絆」の重要性が強調されているということであろう。

 そうしたなか、年末に第三次補正予算が成立し、遅ればせながらようやく東北の復興が動き始めた。そのポイントは道路や港といったインフラ、農業や漁業とその関連産業の復興、そして街づくり、被災された方々の住宅再建ということにある。それらが優先課題であることは言うまでもないが、果たしてそれだけで地域の再生はできるのか、「地域の絆」は甦るのかという問題は検討されてしかるべきであろう。「地域の絆」を重要だと考えるならば、そうしたハードだけではなく、やはり地域にとっての「心のよりどころ」は何かというソフトの検討もまた必要だと思うからである。

 そうした意味で、ここでは被災地にある神社やお寺が壊滅的な被害を受けている現実に目を向けてみたい。後に紹介するように、今回の大震災によって、東北地方、とりわけ沿岸部の神社仏閣は壊滅的な被害を受け、その再建の目途さえ立っていない。まだ三十万人以上の方々が仮設住宅への入居など何らかの形で避難状態にあり、そうした方々の住宅や生活の再建が大前提ではあるが、神社仏閣の再建問題も「地域の絆」「地域共同体」をいかに再生させていくのかという観点から、復興論議の一環として論議されてよい課題だと思い、問題を提起させていただくこととする。

 

◇東北沿岸部から神社仏閣が消える

 東日本大震災では津波によって二万人近い人命が奪われ、岩手・宮城・福島の東北三県だけでも二十九万戸が全半壊する甚大な被害を受けたが、寺社も例外ではなく、文字通り壊滅的な被害を受けた。

 寺院は、東北三県だけで四十七カ寺が津波で流され、三十カ寺が全壊するなど、全体で二千七百十八寺が被災したという(全日本仏教会)。なかには、本堂が全壊したため亡くなった住民の遺骨を安置する場所がなく、やむなくプレハブの仮本堂を建立し、その位牌や遺骨を安置しているケースもあるという(産経新聞・十二月十一日)。

 神社関係では、本殿など主要施設の全半壊だけで三百九社。関連施設の被害を含めれば、一都十五県で四千八百二十八社が被災したという(神社本庁まとめ)。とりわけ津波で流されたお社は土台だけが残った状態となっているが、宮城県神社庁では「祭祀の場所を放っておくわけにいかない」ということで、更地となった神社の跡地に杉の標柱を立て、周囲をしめ縄で囲うなどの措置をとっているという(前出・産経新聞)。

 さらに原発事故で被災した神社・寺院はもっと深刻な問題に直面している。半径二十キロ圏内の警戒区域にある神社は二百四十三社、寺院は四十三寺。氏子や檀家はすべて避難したままであり、宮司や住職であっても一時帰宅の際にしか立ち入ることができない現状にある。

 これまで地域の神社や寺院は地域住民(氏子や檀家)によって維持され、祭礼が行われてきた。しかし、東日本大震災では社寺を支えるはずの住民自身が被災者となり、例えば仮設住宅に避難しているというのが現状であり、氏子や檀家に再建のための負担を求められる状態にはない。行政が配分する被災家屋に対する義援金も社寺は住居ではないということで対象外である。甚大な被害を受けた神社仏閣の再建は見通しすら立っていないと言えよう。

 菅内閣が設置した復興構想会議の報告書は神社・仏閣に言及してはいるが、それは文化財としての社寺であり、被災した施設のごく一部にしか過ぎない。この会議の委員を務め、福島県三春町にある福聚寺住職でもある作家の玄侑宗久氏は、「大部分の神社仏閣、宗教施設は、観光資源でもなければ文化財でもないのです」「檀家さんからも寄附は募れる状態じゃない中で、数年何もないという状態が続けば、そういう施設が本当になくなるという可能性は否定できないと思います」と語っている(日本記者クラブでの講演・七月九日)。このままでは、東北沿岸部から神社やお寺が消えてしまう危機にあると言えよう。

 

◇「それを入れると憲法違反」

 ならば、神社仏閣の再建に対して公的援助の道を拓くことはできないのかということになるのだが、しかし、そのハードルは高い。

 玄侑宗久氏は、復興会議でそうした提案をしたが、報告書に記載されることはなかった。公表された復興会議の議事要旨(第十一回)には、委員名は伏せられているが、こんなやりとりが交わされている。

○「地域のたから」や「地域のこころ」が文化財だけに象徴されるとは思えないんです。……「神社・仏閣・教会等」と、何とか入れていただければ本望でございます。
○五百旗頭議長 これは憲法の関係で入れるわけにいかないんですね。宗教施設は表に出せない。……本文にそれを入れると憲法違反になるよみたいなお話になりかねないんですね。
○特定の宗教宗派を支援するわけではありませんから、憲法には抵触しないと思いますが、どうしても難しければ、なんとか「コミュニティ施設」ということだけでもお願いします。
○御厨議長代理 ちょっと検討します。

 五百旗頭議長が言う「憲法違反」というのは、憲法の政教分離規定(第二十条、第八十九条)に違反するという意味である。憲法は「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため、……これを支出し、又はその利用に供してはならない」(八十九条)と規定しているのだから、文化財に指定されていない宗教施設の再建に直接的に公金を支出することは難しいと言えよう。

 それでも、玄侑氏は「『神社仏閣、教会等』という言い方が難しければ、『地域文化の基盤としてのコミュニティー施設』という言い方でいいので、文化財と併置していただけないかということをお願いした」(前出の講演)のだが、この「コミュニティ施設」も報告書に取り上げられることはなかったのである。

 

◇中越地震では再建に資金助成

 では、神社仏閣の再建を公的に支援することがまったく不可能なのかというと、そうではない。直接ではないが、間接的に公的資金を導入し、被災した社寺を再建した前例はある。

 それは平成十六年に起こった新潟県中越地震のケースである。新潟県は国や県が直接的に実施する復興援助とは別に、「被災者の生活再建や被災地の再生を直接の目的として、公的サービスが必要なもののうち、復旧・復興対策として本来行政が行うもの以外で、行政サービスの補完となるもの」について資金助成を行うために、財団法人として「新潟県中越大震災復興基金」を設立した。

 基金の規模は三千五十億円(県の出資五十億円、県からの貸付金三千億円)で、その運用益によって昨年までに累計で五百四十億円を助成した。例えば、被災者への融資の利子補給、家畜の避難や国の補助事業の対象とならない小規模な農地復旧への助成(手作り田直し等支援事業)などが実施された。助成対象となる事業は随時追加・見直しが行われ、基金設立二年後の平成十八年に「地域コミュニティ等再建支援事業」のなかに「鎮守・神社・堂・祠」の再建支援が追加された。

 この措置により、地震で倒壊した神社や祠などの再建・修復のために合計一千百四十五件、総額約三十億円が助成された。この基金では被災者側が行う復旧・復興活動への支援を原則としているため、神社の再建・修復の場合は氏子などによる寄附が前提となるが、それでも費用の四分の三、二千万円を上限とする基金からの助成なしに社殿の再建などは難しかったと言われている。実際、民間団体(東北圏地域づくりコンソーシアム推進協議会)の住民への聞き取り調査によれば、田直し事業とともに「神社再建」が「特に好評であった」という。なお、平成十九年の新潟県中越沖地震でも同様の基金が設立され、助成が行われている。

 東日本大震災においても、総務省が東北三県を含めた被災九県が復興基金を設置する場合は、各県ごとに特別交付税を措置することを決定している。既に宮城県は八月に復興基金条例を制定し、岩手、福島両県も十二月議会で基金設立条例を制定すると報じられているので、そうした各県の基金による社寺再建への助成の可能性はまだ残されていると言えよう。

 ただ、新潟県のケースと大きく違う点がある。中越大震災復興基金の場合、新たに民間の財団を設立しているのに対して、今回は各県(市町村も含む)が直営する方式となりそうだからである。中越地震の財団は、県が基金を出資・貸付けただけでなく、県職員が出向するなど実質上は県が運営する財団だったが、法律上は民間の財団であった。つまり、神社などの再建に助成金を出した主体は法律的には民間団体(財団)であったために、憲法の「公金支出の禁止」をクリアして神社仏閣への助成が可能だったと言える。

 これに対して、今回の基金は、資金の大部分は国の特別交付金であり、総務省は「直営方式・財団方式等どのような運用をするのか」は「各県の判断に委ねられる」としているが、既に出来ている宮城県条例を見ると県が直接的に復興事業に助成する直営方式になっている。もし、直営方式となれば、新潟のケースのように憲法問題をクリアすることはそう簡単ではないとも考えられる。

 

◇「新しい公共」か「伝統的コミュニティ」か

 大震災による神社仏閣の危機を巡っては、社寺に対する公的な支出を巡る問題とともに、もう一つの問題がある。それは地域コミュニティをどう捉えるのか、さらに直截に言えば、地域コミュニティに神社や寺院など宗教施設が不可欠だという捉え方をするのかどうか、という問題である。

 新潟中越地震のケースでは、まさに神社再建が地域コミュニティ再生に不可欠だとの認識があった。当時、長岡市の復興管理監に就任した長島忠美氏(旧山古志村長・現衆議院議員)は、神社は「心のよりどころ。集落再生に欠かせない」と断言し、森民夫長岡市長は「国の補助事業だけで『心の復興』はできない。中越地震では神社や闘牛場の再建……などに基金を使い、住民が再び生きていくための意欲をわき立たせた」(朝日新聞・今年六月二十日)と述べている。

 つまり、神社は地域コミュニティの「心のよりどころ」だとする捉え方がまず背景としてあり、そうした認識に立って「地域コミュニティ施設等」の再生事業の対象に神社・祠を追加し、社殿の再建を援助するという具体的方策が生まれてきたということができる。

 一方、今回の東日本大震災の場合はどうだろうか。各県ごとの基金の取り扱いはまだ分からないが、復興構想会議も、復興原則として「地域・コミュニティ主体の復興を基本とする」と明示しているように、地域コミュニティを震災復興の重要な柱だとしている。

 しかし、地域コミュニティ再生のために何が必要かについては、何も書かれていない。書かれているのは、玄侑氏も触れたように「文化財の修理、修復を進めることが必要である」という一節しかなく、文化財ではない一般の神社仏閣はむろんのこと「地域コミュニティ施設の再建」についても触れられていない。

 一方、報告書は「ボランティア・NPOなどが主導する『新しい公共』による被災地の復興」を強調している。ここで「新しい公共」を定義する紙数はないが、この「新しい公共」には、政府や自治体による施策や仕組みを「古い公共」と否定的に位置づけた上で、ボランティアやNPOと言った民間セクターが主導する仕組みを「新しい公共」として奨励する発想がその根底にあることは間違いない。その意味では、震災復興を通してそうした「新しい公共」を推進する復興構想会議が、神社を「心のよりどころ」とする伝統的な地域コミュニティを「古い公共」として位置づけ、むしろ忌避されるべき存在として捉えていると考えるべきであろう。

 また、この報告書では人と人とを「つなぐ」という言葉も強調されているのだが、何をつなぐのかというと、被災地とボランティアであったり、外部の専門家や外国人と「つなぐ」という話でしかない。決して、「心のよりどころ」としての先祖や神仏、地域の伝統と「つなぐ」ことは想定されていない。

 少なくとも復興構想会議の報告書は、神社や寺院などに対する助成を巡る憲法問題より以前に、その前提となる地域コミュニティにとって「心のよりどころ」として神社などが必要だとは考えていないと言っても過言ではあるまい。

 

◇地域に不可欠な「鎮守の神様」

 しかし、そもそも「地域コミュニティ」は神社など宗教施設と無関係であり得るのだろうか。

 玄侑氏と同じく復興構想会議の委員でもある赤坂憲雄氏は、産経新聞の連載「新章・東北学」のなかで、福島県南相馬市の沿岸部を歩いた際に目にした光景から、神仏と地域コミュニティとの関係を次のように書いている(産経新聞・九月十九日)。

 赤坂氏は、津波にさらわれてしまってコンクリートの土台しか残っていない家跡に「花が供えられていたり、小さな写真が置かれていたりする」光景や、「廃虚になった村の中」に「新しい仏様が帰ってくるときの目印」としての高灯籠が立つ風景を目にし、「そういう景色のなかで、精神のよりどころとしての神や仏のこと」を考えたという。その上で、地域コミュニティにとって何が重要なのかについてこう書いている。

「……心のよりどころ、人と人との絆という意味で、神社や寺というのは、じつは大きな役割を果たしている。
 ダム建設で移転した村などを訪ねると、村の入り口に墓地があって寺が建てられている。ずっと奥の高台に神社があって、神様を元の村から勧請してお祀りしている。あるいは分村して入植する開拓村でも、人々が真っ先に考えるのは、以前の村から鎮守の神様を移して祀ることです。
 つまり、家が建てられ、道路ができて、インフラが整うから新しい村が始まるのではない。土地を守っている神様とのつきあいとか、あるいは祖先とのつながりをどのように維持していくかということが、地域のコミュニティにとって重要なことなんです。新しい村づくりが、さまざまな場所で始まっていますけれど、精神のよりどころとしての神や仏の座をどのようにデザインするのかということが隠れたテーマになるはずです」

 地域コミュニティにとって重要なのは土地の神様や先祖とのつながりであり、それゆえに地域の神社は「精神のよりどころ」として不可欠なのだと赤坂氏は言うのである。

 この指摘は、中越地震によって被災した神社の再建を必要とした住民の思いとも重なる。新潟県の文化情報サイト「新潟文化物語」は、こう記述している。

 「祭りを通し、自然の恵みと祖先が脈々とつないでくれた命に感謝しながら、地域での人々のつながりを育んできた場所が神社だった。自然と、祖先と、人々をつなぐ交流の場所—それが神社であると言える」。それゆえ、中越地震で「被災した住民にとっては、まず何よりも地域コミュニティの『心のよりどころ』として、神社の再建が必要だった」と。

 新潟の被災地は「氏子が数軒の小さな神社でも、地元に密着し、昔ながらの祭りがあった」という。これはまさに津々浦々に神社があり、鹿踊りなどの祭りが伝わる東北沿岸の情景と重なる。各自治体において復興基金が設立され、その助成内容が論議されるのなかで、是非、地域コミュニティにとって何が「心のよりどころ」なのかという論議を深めていただきたいものである。

 むろん、これは何も被災地だけの話ではない。日本中でかつての共同体意識は薄れ、むしろ崩壊しているとさえ言えるのが現状である。大都市では「無縁社会」が拡がってもいる。しかし、そうしたコミュニティの崩壊を身近に感じつつ、今まさに「絆」に関心が寄せられているというのは、東日本大震災を契機として「家族の絆」や「地域の絆」への希求が高まっていると見るべきだろう。その意味で、被災地での神社の再建は、地域コミュニティをどう再建していくのかという日本全体の課題にもつながっていると言える。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成24年1月号〉