「復興への発想転換」を迫る被災地の現実

   陸前高田市
 
 

 先月、丸2日をかけて再び岩手・宮城の被災地を回った。大震災から2年1ヶ月、被災地ではようやく復興へ向けた動きが見え始めていたが、しかしその動きは仙台市など一部を除けば、きわめて遅々とした歩みであるとともに、深刻な矛盾や問題を内包したものという印象を拭えなかった。

 その象徴が防潮堤である。どの地区でも10㍍以上の防潮堤の計画が進んでいた。しかし、われわれが聞いた限りでは、住民のほとんどはそうした計画にむしろ批判的だった。防潮堤が不要だとはいわないものの、町の財産である海辺の景観がこれで台無しにはならないか、そもそも町は元の町に戻れるのか、という疑問である。中には防潮堤は復興の最終段階で作ればいいという声もあったが、「まず土木事業」という発想の中に、住民の生活の問題が置き去りにされているとの感を強くした。

 むろん、行政をただ批判したいというのではない。しかし、実際の復興現場で住民たちの話を聞けば、相変わらずの「画一的な縦割りの行政論理」という印象は否めなかった。自治体としては、ともかく国の定型的な支援メニューに、町の復旧・復興事業を合わせなければ予算がつかないという事情はあるにせよ、これで本当の町の復興、更にいえば住民の生活の復興が実現できるのか、と疑問を抱かざるを得なかったのだ。

 人々が例外なく抱いていたのは人口流出の現実への危惧であった。それは不可避の現実としてそこにあった。とすれば、復興はこの現実を出発点とする以外にない。この現実を踏まえ、ならばどうすれば将来への希望のもてる町づくりを構想するのか。そのためには恐らく、従来型の拡大開発型の発想を根本的に超えた新たな発想が求められると思うのだ。

 思い切って町の機能をコンパクトに集約する。食と景観をメインにした町づくりをしたい。取材中、そんな住民の声を聞いたが、しかしそんな町づくりを根本から考えるためには、行政には質量ともに圧倒的にマンパワーが不足しているという現実もまた知らされた。それでなくとも行政は深刻な人手不足で、そんな構想どころではないというのだ。そんな中で、複数の住民が「復興の民営化」というアイデアを語っていたが、要は商社や大手デベロッパーに丸ごと町づくりを外注した方が行政も助かり、市民も要望を出しやすく効率的ではないかという話である。少なくとも「何とか審議会」なんかより余程効果的だというのだ。

   石巻西港に水揚げされるマダラ
 

 そんな話を聞きつつ、「下流から上流へ」という言葉が筆者の脳裏に萌していくのを感じていた。動きつつある復興の根底にあるのは、とにかくハードとしての町を一日も早く復興したいとの行政の意思である。しかし、住民たちが心の中に描いているのは、むしろそのようにして復興された町で、どのような仕事や人間関係や生活があり得るのか、という疑問なのである。つまり、上流からではなく下流における発想なのだ。

 石巻では加工業を含めた水産基地の復興が進みつつあったが、実際に問題なのは「販路開拓」の方なのですよ、と指摘する関係者もいた。生産者側は「ともかく水揚げの増大を」と声を上げるが、これからは減少一方の消費者の需要を考えなければ、とても石巻や三陸漁業の将来を考えることはできない、とこの関係者は筆者に呟いた。何千億、何百億もかけて巨大な水産基地を復興しても、そもそも魚を買ってくれる人がいなければ、その復興は壮大な無駄になりかねない。そのことを考えなくともよいのか、というのだ。

 むろん、それぞれの立場によって、主張内容は変わってくる。しかし、根本のところで、今は発想転換が必要なのではないか、との思いはいや増すばかりだった。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

 

〈『明日への選択』平成25年5月号〉