中国人に埋められ行く日本社会⑤

中国人に埋められ行く日本社会⑤

水田・森林・海―いま、日本の基盤が中国に侵食されている


 

◆中国に狙われる日本に森林

 以前から林業関係者の間で「日本の森林が某国に狙われている。水が狙い」というウワサがあり、心配していたのだが、東京財団がまとめた「日本の水源林の危機」という報告書にそのウワサを裏付ける記述があるというのを毎日新聞(4・19)で知った。早速、報告書を入手したところ、こう書かれていた。

  「……2008年1月、紀伊半島の奥地水源林(三重県大台町)に中国資本が触手を伸ばした。ダム湖上流部に広がる森林を伐採し、そこで得た木材を名古屋港から中国へ輸送するという構想だ。しかし、仲介にあたった国内のバイヤーは地元自治体の慎重姿勢により計画半ばで断念し、新たな物件を求め、ターゲットを別のエリアへ移した。
    同年6月、長野県天龍村でも同様の動きがあった。中国でも事業を展開するバイヤーが、東京から現地に足を運んだ。中国の木材需要や飲料水事情を、案内する森林組合職員に語りつつ、山を探した。 林業不振の中、スポンサーは不明だが同様の話が各地で聞かれる」

 水を狙っている某国とはやはり中国のことだったかと膝を打った。中国は深刻な水不足に直面しているからだ。報告書にはこう書かれている。

 「森林買収のさらなる動機は『水』である。中国や日本ではペットボトルの水に対する需要が急速に伸びており、特に中国では1997~2004年の間に需要が4倍となり、年間消費量は26億ガロン(98億リットル)に達している。世界の需給が逼迫していく中、各国の水源地を確保しようとする動きが活発化している。この一連の動きとして、我が国の水源林に注目が集まる」

 ちなみに、森林買収が進む背景として同報告書は「森林が不当に安い」とも指摘しているが、林業の置かれた厳しい現状が分かるので、興味のある方はぜひ読んでほしい。

 一方、産経新聞(5・13)はこの報告書を下敷きに、多少周辺取材をした形で記事を書いている。

 それによると、岡山県真庭市でも昨年秋、中国から森林組合に水源林を伐採した製材の買収話が持ちかけられ、その後も交渉が継続しているという。また産経は林野庁周辺も取材しているが、「中国を中心とした外国資本が森林を買収しているのではないか」との情報は昨年六月から林野庁に寄せられ始め、「実態把握のため全国の都道府県に聞き取り調査を始めた。売買が成立したケースは確認できなかった」という。

 さらに、現在の法制度では、森林の売買に関して所有権の移転をすぐに把握する手段、山間部の地下水をくみ上げる規制や民有林の売買に関する規制、外国資本による水源地買収を把握する制度、これらはすべて「ない」のだという。

 日本の国民が林業や森林に目を向けて来なかったツケが、一気に露呈した形だ。

 

◆農業の現場に1万人以上の中国人

 ところで、危ないのは森林だけではない。じつは農業の現場でも、研修生・実習生という形で中国人進出がかなり進行している(朝日新聞のシリーズ「在日華人」より)。

 「農業研修・実習生が全国一多い茨城県。JA茨城旭村(鉾田市)は09年1月現在、計248人の中国人を受け入れている。ここも彼らを活用して農業形態が変わった。
    以前はメロン栽培が中心だった。今は、人手があれば年5、6回の収穫が可能な水菜や春菊などに切り替える農家が目立ち、所得が増えた。研修・実習生という労働力をあてにできるようになったからだ。JA旭村の約500戸の年間売り上げは約80億円だが、うち約30億円は研修生のいる約100戸が担う。『中国人研修・実習生がいなければここの農業は成り立たない』と坂田薫組合長は話す。
    大規模なレタス農家が多い長野県川上村は人口約4700人。今年は約700人の中国人研修生が4月から約半年滞在する。かつてはアルバイトに来ていた日本人学生が集まらない。最近は日本人が来たとしても、仕事がきつくて朝いなくなっていることが多いという」

 なんとも複雑な気持ちにさせられるが、いまや全国で農業に従事する中国人研修・実習生は一万人を超え、「安く、安定した労働力」は欠かせない存在になっているという。

 蛇足だが、水産業ではすでに中国資本によって日本のサケが捨て値で買われているというバカな話がある。小泉武夫東京農業大学教授によると、日本のサケは世界一おいしく安全であるにもかかわらず、日本の消費者は外国産の安いサケを求め、国産のサケは高いからとあまり食べなくなった。そのため北海道のサケ業者は、今どんどん廃業しているという。

 本来日本人が担うべき仕事や領分を果たさなくなった「空白」を中国人が埋めている。この構図は小誌が再三紹介してきたように、製造業、研究機関、教育現場……等々、わが国のあらゆる分野で見られる光景だ。こんなことでよいのだろうか。

〈『明日への選択』平成21年6月号〉