テロ国家の本質を忘れてはならない

 本号締め切り直前になって金正日の死亡が発表され、マスコミでは後継者とされる三男・金正恩への権力継承がどうなるか、混乱が起こるのかどうかと言った点が主に論じられている。後継体制を巡って内部分裂でも起これば、難民流出など日本にも影響が及ぶだろうし、核兵器の管理も危うくなるだろう。対外的な武力挑発もあり得るし、北朝鮮内で生存している日本人拉致被害者の安全が脅かされるかもしれないとの分析もある。

 しかし、権力継承が順調にいって北の体制が安定すればよいのかというと、そんなことはない。それは独裁体制が生きのび、「テロ国家」が継承されることを意味するからである。新聞やテレビに登場する金正日死亡の関連記事を読むと、彼がこの「テロ国家」の指導者だったことを忘れたかのようである。

 

 金正日の犯罪は大きな事件を挙げただけでも、古くは1983年の韓国首脳を狙ったアウンサン廟爆破(犠牲者21人)、1987年の大韓航空機爆破(犠牲者115人)。最近では2010年の韓国海軍の天安艦爆沈(犠牲者46人)と延坪島砲撃(犠牲者4人)など、いくつもある。大韓航空機爆破は金正日の「親筆指令」によって行われたし、その他の事件も彼が最終的な命令者であることはほぼ間違いない。

 むろん、日本人の拉致事件も金正日が対南工作の一環として実施させたことは数々の証言で明らかである。拉致被害者は、政府認定は17名だが、どんなに少なく見積もっても100名を下らないと言われている。

 北朝鮮国内となると、もっと悲惨である。とりわけ、1995年以降に起こった餓死事件の犠牲者は300万人以上と言われているが、その責任も金正日にある。餓死の遠因は金日成時代の農業政策の失敗だとされているが、配給を止めて餓死を招いた責任は金正日にある。彼は国民に餓死者が出ていることを知り、また食糧を与えて国民の飢餓を救う力を持ちながら、放置したからである。

 98年、日本を飛び越えたミサイル発射実験を行った際、金正日は何と言ったか。「私は、人民がまともに食べることができないことを知りつつも、明日の富強祖国を建設するために、資金をその部門(註・ミサイル開発)に振り向けることを許諾した」と。「300万人餓死事件」の主犯は金正日その人なのである。

 その意味で、いま起こっているのは通常の国家の権力継承ではなく、「テロ国家」、「人権侵害国家」の権力継承問題なのである。

 

 ところが、こともあろうに藤村官房長官が金正日の死亡が公表されたその日に「哀悼の意」を表した。内閣のスポークスマンが、自国民を拉致し、今なお帰さず、ミサイルと核で恫喝を加える首謀者の死を「哀しみ悼む」とは、一体どういうことか。日本の主権と国民の安全など、本気で考えたことがないのだろう。しかも、人権侵害の親玉のような金正日の死を悼む内閣が、「人権救済機関」法案を通常国会に提出しようというのだから嗤ってしまう。官房長官は2日後に、菅前首相を見習ったかのように、あれは個人的な表明であったと弁解したらしいが、そんなに哀悼したいのなら、政治家を辞めてからにしてもらいたい。

 官房長官だけでなく、この内閣は首相自身が「特別放送」の重大性に気付かず街頭演説に出かけようとし、国家公安委員長は安保会議に欠席という、間抜けぶりを見せた。中国、韓国、米国、そして北朝鮮がこの体たらくを見ていると思うと背筋がそっとする。テロ国家の後継問題による混乱より、この内閣の間抜けぶりが北の挑発行動を誘うのではないかと心配すべきであろう。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成24年1月号〉