中国の宣伝機関は党だけではない

中国の宣伝機関は党だけではない


 

◇中国に踊らされる日本のマスコミ

 十一月の中国共産党大会では結局、習近平が党総書記・中央軍事委員会主席の座に就いたが、日本の報道には殆ど見るべきものがなかった。

 最悪だったのはテレビのニュース番組。習近平夫人で、人民解放軍総政治部歌舞団長(少将)の彭麗媛が、ステージで歌う場面がどのチャンネルでも垂れ流されていた。

 新聞は少しはマシだったが、ひどかったのは毎日。夕刊一面(11・17)で、彭麗媛が熱唱する写真と「華やか歌手 政治の舞台へ」「堂々、女王蜂のよう」という見出しを付けてこう伝えた。

 《中国共産党総書記に就任し来春には国家主席になる習近平氏(59)の夫人は、「国内では習氏より有名」な歌手、彭麗媛さん(49)だ。歴代の中国トップの夫人は地味だったが、華やかな舞台に立ってきた彭さんは正反対。次期ファーストレディーは、日本人の対中イメージを改善できるか。》

 《09年11月、学習院大学(東京都豊島区)のホールで彭さんは「四季の歌」を歌った。自ら芸術監督を務める中国歌劇の上演後、日本の歌手、芹洋子さんと日本語でデュエットした。……20回近い訪中経験があり、彭さんと3回共演した芹さんは「すごく明るくてオーラが出ている人。堂々と構え、舞台を牛耳って、周りがかいがいしく動いており、女王蜂のよう」と話す。》

 日本のマスコミはたぶん何も知らないのだろう、「完全に中国の掌で踊らされている」と、深い溜息をついた。

 

◇人民解放軍の政治工作任務

 中国の宣伝機関というと、日本では党の中央宣伝部ばかりが注目される。しかし、人民解放軍には草創期から、敵を撃滅する戦闘任務とともに、大衆の支持獲得を図る政治工作任務、農業などの生産任務が与えられている。これを「三大任務」と言う。

 しかも、総政治部は全軍の中で政治工作を組織する最高指導機関である。その管轄下には組織部、宣伝部、保衛部、文化部、連絡部、解放軍報社などのほか、彭麗媛が現在トップを務める軍事芸術学院、八一映画製作所などもある。

 だが、日本のマスコミは、そうした背景を知らないのか解放軍を単なる戦闘部隊としか見ていないようだ。産経までが何の留保もなく、彭麗媛が熱唱する写真と「中国 ファーストレディーは国民的歌手」(11・16)と伝えたのにはガッカリした。

 

◇政敵打倒の役割も

 そこで参考までに、総政治部が過去に実施した政治工作の一端を紹介しよう(以下は、平松茂雄著『鄧小平の軍事改革』勁草書房による)。

 話は鄧小平時代の八〇年代に遡る。当時、鄧小平と胡耀邦は「百万人の兵員削減」という軍事改革を進めていた。しかし、それに反対する軍内左派は、胡耀邦を標的に巻き返しを図る。民主化・自由化を推進する胡耀邦を「ブルジョア的個人主義」と批判する「軍人得失論」と大衆工作との両輪で、胡耀邦を追い込んで行ったのである。これらに直接関わっていたのは、総政治部主任の余秋里であった。

 大衆工作の例を挙げると、当時、中越国境では頻繁にベトナムとの戦闘が生起していたが、その戦闘で活躍した兵士で構成される「辺境を防衛し、青春を捧げる」講演団が組織され、中国の主要都市を巡回。理想・規律・犠牲精神を語る兵士らの話が学生に強い反響を生み、山東省では百人を越す学生が軍に志願してきたという。

 また、中越国境で死闘を繰り返しながら、戦闘の合間に音楽活動や農作業を行う「猫耳洞の声」楽団というのがある。彼らは八六年十二月、中央軍事委員会拡大会議の開催中に、戦闘地域から上京。北京の各所で演奏会を開くほか、大学を訪問し、青春を犠牲にして戦う同世代の青年の姿をじかに学生に見せた。

 こうした当てこすりは、民主化を求めて各地で盛り上がりつつあった学生デモに対して意識的に向けられたものであり、同会議で最も重要な余秋里の政治報告を援護するためのものであった。そして会議直後の八七年一月、胡耀邦は総書記を「解任」された。

 

◇「政治工作は戦闘力の源泉」

 このように、解放軍は政治的に敵を打倒する役割を担うこともあるわけで、単なる戦闘部隊ではないのである。

 最近、中国は世論戦・心理戦・法律戦の「三戦」を展開していると日本のマスコミは報道しているが、それは党・軍問わず実施する政治工作であることを認識しているのだろうか。彭麗媛を何か慰問活動を行う歌手のように好意的に伝えること自体、既に中国の工作にはまっている。

 「政治工作はわが軍の生命線であり、戦闘力の源泉である」。毛沢東のこの言葉を日本のマスコミは銘記し、警戒を決して怠ってはならない。

〈『明日への選択』平成24年12月号〉