「自然再生」へ政策転換を

 東京都は皇居周辺の都心部から臨海部にかけて緑を二倍に増やす計画に着手するという。銀座や築地、豊洲、有明など中央区、港区、江東区などの一帯である。ここに日比谷公園六個分に当たる約百ヘクタールの緑を新たに生み出すというのだ。この地区にビルを建設する民間事業者に緑化促進策を講じるほか、都自身も街路樹整備や公共施設での緑化を進めるという。以下はこれを報ずる日経の記事だ(2月5日)。

 「現在、都は大規模な建物の建設で空き地と屋上の面積の35,140%以上を緑化した場合には、容積率を最大5%割り増ししている。都心と臨海部ではこれを同7%に引き上げ、民間事業者が敷地を緑化しやすくする。/一方、都自身は街路樹の整備を進める。背の高いケヤキが植えられている晴海通りでは、ケヤキの間に中木や草花を植える。建設中の環状2号線でも同様の緑化を施す。皇居や日比谷公園、浜離宮恩賜庭園など拠点となる緑を街路樹で結んで、広がりのある緑を創出する」

 これは当然、7年後の夏季五輪開催地をめざす東京の五輪招致計画の一環として進められるものだともいえるが、半世紀前の東京五輪開催では、むしろ高速道路の建設などのために貴重な水辺空間などを失うことになったことを考えると(日本橋など)、今回のこの都の計画は時代の流れを踏まえた環境都市の建設計画として、大いに評価できよう。

 ところで、東京にはこれとともに、環境都市実現のためにもう一つ進行中の意欲的な事業がある。東京八重洲口にあった駅ビルを壊し、そこを東京湾から都心にかけて吹く「風の通り道」にしようとする事業だ。都心の皇居では、夏の夜間気温が近隣に比べ2℃~4.3℃も低いといわれるが、この冷気を東京湾からやってくる海風に乗せて都心を循環させ、「緑の扇風機」としての役割を果たさせよう、との計画である。

 東京はこの半世紀、「ヒートアイランド現象」を激化させてきたことは周知のところだが、今は真夏の気温でいえばシンガポールやバンコクとほぼ同レベルの暑さになっているという。これは東京に住む人々の生活の快適性を奪うだけでなく、毎年暖冬や猛暑、局地集中豪雨などの異常気象の原因にもなっていると指摘されるところでもある。これをもう一度、半世紀前の状況に戻そうではないかということなのだ。

 われわれはこの半世紀、膨大なエネルギーとお金をかけてガソリンやプラスチック、セメントなどによって自然を駆逐する「発熱都市」づくりをしてきたが、これからそれを同じお金をかけてもう一度元に戻すという話なのである。一体これまでわれわれは何をやってきたのか、と自問したくもなるが、これが文明というものの業でもあるのだろう。

 ちなみに、この風の通り道ができると、東京湾からやってきた海風は皇居の森を抜け、更に日比谷公園や新宿御苑、そして明治神宮の森……といった風に、「緑の風の循環」を起こすのだという。それはこの事業に取り組む大学の研究チームが既に実験で確かめたことだというが、昔東京に吹いていた爽やかな自然の風がもう一度戻ってくるわけだ。

 「人間の経済というものは、原則として、人間同士の社会関係、すなわち地域のコミュニティーの中に埋っているものである。ところが、近代化とともに経済が市場経済として社会から『離床』し、逆に経済システムの中に人間社会が埋没するという新奇で異常な事態が生じている」

 これは現代市場経済の矛盾を鋭く抉ったK・ポランニーの言葉だが、ここにある「人間同士の社会関係」を「自然」という言葉で置き換えれば、筆者が今ここで指摘しようとしている問題の本質も見えてくるといえよう。今われわれに必要とされているのは、この「自然」という根本的な基盤から「離床」してしまったわれわれの経済の営みそのものを、もう一度「自然」の中に「埋め戻す」という作業だということだ。

 ここでは東京で進行中の話を取り上げたが、むろん東京に限られた話ではない。地方でも多かれ少なかれ開発という名の下に、貴重な自然を壊し、むしろその地方がもつ財産を無駄にしてしまっているようなケースが多い。しかし、そういうやり方への反省は今着実に始まっているのではないか。今こそ「自然再生」の方向に政策転換すべきだと思う。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成21年3月号〉