井上毅に学ぶ「大勢一転」の策

井上毅に学ぶ「大勢一転」の策

民主党が今進めんとしている政策は「国家なきポピュリズム」に他ならない。これに対し、自民党は今こそ真剣に「国家の危機」「国家の緊急課題」を説くべきではないか。


 

◇行き詰まった政府

 明治二十三年十一月、わが国で最初の第一回通常議会が招集された。時の首相は山県有朋。対する議会は衆議院三百議席のうち、民党と見なされる者が百七十名。つまり、野党が過半数を制する状況の中で、最初の議会が始まったのである。

 むろん、この議会で最大の問題となったのは予算であった。憲法はこの予算については「帝國議會ノ協賛ヲ經ヘシ」(第六十四條)と規定しており、予算成立のためには議会の承認を必要としていた。これに対し、野党は当然のことながら、この予算を過大・不適切なものとし、それを削減し、それで浮いた分を地租軽減の財源に当てるべき、と主張したのである。そしてその際、民党側が唱えたスローガンが「政費節減・民力休養」という主張であった。今の民主党流のいいかたでいえば、「行政のムダ削減」であり、「国民生活第一」であろうか。山県内閣は第一回議会早々、こうした野党――それも過半数を制する――による「予算不承認の壁」に直面せしめられたのである。

 こうした状況の中、政府として当然考えられる対抗策は、一つは野党の切り崩し、あるいは野党の要求を一部受け入れ予算成立を図るという妥協策であり、もう一つはもう一度解散・総選挙に打って出るという強硬策であった。憲法には予算不成立の場合は前年度予算を執行する、との規定があったが、この時代は予算は年々増えるのが常態とされる時代であったから、前年度予算執行というのは現実的な選択肢ではあり得なかった。つまり、新規予算が何としても必要とされていたのである。

 政府の立場はこのようにきわめて厳しいものであったが、実はそうした対抗策とは全く次元を異にする提案があったことも、ここでは指摘しておかねばならない。時の内閣法制局長官・井上毅が首相・山県有朋に呈した献策である。それは一言にしていえば、むしろ政府からの積極的な思想攻勢によってこの窮状を一転せしむべしとする「時局転換」の策で、一般的な議会対策とは次元を全く異にする、いわば正攻法的・精神的な「反転攻勢」の策、とでもいうべきものであった。この提案をこの際紹介してみたいのである。

 現下のわが国の政治状況は当時とは異なり、逆に野党ならぬ政府の方が「政費節減・民力休養」(その内容の是非はまた別の話だが)を唱えるという変則状況の下にあるが、対する野党・自民党の主張はそれに代わる積極的な政治・経済策の提示というより、財源はどうの、という消極的主張に留まっているのが現状といえる。

 しかし、果たしてそのような主張で政治の主導権を取り戻すことなどできるのか。この井上の献策にはそうした今日的意味合いも含め、大いに参考とすべき視点があるというのが筆者の認識なのである。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成22年2月号より抜粋〉

【本稿の主な内容】

 ・井上の状況逆転策とは

 ・先ず求められる「徳義」

 ・自民党は今こそ

(続きは、『明日への選択』平成22年2月号で読めます)