片山社会党内閣「崩壊劇」を繰り返す民主党

片山社会党内閣「崩壊劇」を繰り返す民主党

民主党政権崩壊前夜・自民党に準備はあるか?

昭和二十二年、吉田茂が下野した後、片山内閣は世論の高い支持で誕生したが、実際には政権担当の準備も実力もなかった。唯一の金看板が逆に政権崩壊の引き金になってしまったのみならず、政権内の確執と対立が崩壊への決定打となってしまった片山内閣。その様相は面白いほどに民主党政権の現状に似通っている。だが、一方の自民党に、吉田の政権奪回の時のようなしたたかな読みと準備はあるのか。


 

 菅民主党政権崩壊がいよいよ秒読み段階に入ってきた。その先にあるのは総辞職かあるいは解散総選挙か。いずれにしてもこの三月が最大のヤマ場であることは確かだろう。

 ところで、この菅民主党政権のていたらくの本質は、要は民主党に政権を担うだけの確たる戦略も力もなかったということに他ならない。先の衆議院選挙では詐欺まがいのマニフェストで大勝利を博したとはいえ、所詮財源の見通しすら立てられない無責任なバラマキ公約以外の何ものでもなく、のみならず未だに党綱領すらもつことのできない「寄り合い体質」が、ここにきて一気に遠心力をもち始めたということだ。

 とりわけ今年に入ってからの菅政権はもはや政権延命が自己目的化しており、そこに国家をどういう方向にもっていくかといった構想や展望は全く見当たらない。頼みは小沢切りによる支持率アップだが、それが更に党内混乱に火を注ぐ有様とあっては、恐らくこのまま支持率を落とし続けた上での「のたれ死に」が唯一の道だろう。いずれにしても、民主党政権とは何であったのか、の結論は既に出たということだ。

 さて、そこで本題である。こうした政権の迷走ぶりに、筆者にはある種の既視感が感じられてならない。今から六十数年前の片山社会党内閣の記憶だ。むろん、筆者は昭和二十二年生まれであり、この時代を実際に見聞きしたわけではない。しかし、書物を通しての知識からいえば、まさにこの民主党政権の「失敗政権」ぶりは、この片山社会党内閣の辿った道と実にパラレルであるように思われてならないのだ。単純な比較にはもちろん慎重であるべきだが、ここにはこれから進行するであろう政治の成り行きを考えていくに当たっての、きわめて有益な参照例があるのではないか、というのが筆者の認識なのである。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成23年3月号より抜粋〉

【本稿の主な内容】

 ・あえて下野した吉田茂

 ・指導力なき首相の下での政争

 ・確執・分裂・反乱で自滅した片山内閣

 ・満を持して政権に復帰した吉田

(続きは、『明日への選択』平成23年3月号で読めます)