アベノミクスと高橋是清

アベノミクスと高橋是清

安倍首相の「三本の矢」による鮮やかな政策転換は、かの昭和恐慌の際、それまでの井上準之助蔵相のデフレ政策から、まさに百八十度の転換を試みた高橋是清蔵相の果断な政策決断の再来を想起させる。デフレ脱却・日本経済再生へアベノミクスを迷いなく推進してほしい。


 

◇「完全に肯定できる」アベノミクス

 「ロケット・スタート」を目指すとした安倍政権の経済政策が動き出した。大胆な金融緩和と機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略――というのがその柱だが、安倍首相はそれを「三本の矢」にたとえ、それを一本に束ねつつ、民主党政権の「縮小均衡の分配政策」を「成長と富の創出の好循環」へと転換、「強い経済」を取り戻す、と宣言している。

 その第一弾となったのが、日銀に二%のインフレ目標を設定させるための要求である。未だ正式な政府・日銀合意ができていないにもかかわらず(二十二日に合意が成立した)、既に市場は反応し、円安・株高に向けて動き始めている。本稿執筆の現在(十九日)、為替は一ドル九〇円、日経平均株価は一万九〇〇円、これまでのあの円高・株安は何だったのかという変わりようだ。まさに「首相は一円も使わなかったのに、日銀が幾度も十兆円単位で金融緩和を追加しても無反応だった外国為替市場が円安に転じ、資金が株式に流れ込む」(田村秀男)状況だといえる。

  そして一月十一日には総額二十兆円規模の緊急経済対策が打ち出された。「早期執行が可能な公共事業や早期の市場拡大につながる施策を重視した」と安倍首相は解説したが、むろん対策の中心は最も「即効性」が見込まれる「復興・防災対策」と銘打たれた総額五・五兆円の公共事業。かかる「従来とは次元の違うレベル」の景気テコ入れにより、早くも四~六月には対策の効果が表れることを目指すと首相は宣言する。

 面白いのは、こうした安倍首相の積極経済政策――アベノミクスに、これまで日本の経済・金融政策に辛口の発言を繰り返してきたノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン教授が「現時点の結果は完全に肯定できる」と早速高く評価する考えを示したことだ。教授は経済支出を増やせば国債価格が暴落するだの、カネを刷ればハイパーインフレが起こるだのとしてきた正統派経済学の主張を、「くだらない思い込み」とし、安倍首相が今やその「隊列」を崩そうとしているのだとして、以下のように述べるのである。

 「安倍氏は、日本の経済的停滞を終焉させるのだと誓って、政権の座に戻ってきた。彼は、正統派経済学者たちが『やるな』と言ってきたアクションをすでに起こしている。そして、初期の兆候としては、非常に上手くいっている。(中略)つまり安倍氏は、目覚ましい結果を出し、それを通して、『正統派経済学者たちをあざ笑っている』というのが今の状況なのだ」(京都大学・藤井聡研究室訳)

 改めていうまでもなく、わが国のメディアもまたこの安倍首相の経済政策に対し、日銀の独立性を侵すだの、相変わらずのバラマキ予算で財政の規律が失われるだの、本家本元の成長戦略が見えないだのと、正統派経済学者たちと同様、その「危うさ」を指摘する批判に躍起となってきた。しかし、要はならばどうすれば日本経済は今日のデフレから脱却できるか、責任ある代案を示すべきだ、という話になるといってよい。何もしないままで「これも悪い、あれも問題だ」と、単なる批評家に留まっているままでは経済は更に失速していくばかりだ。そのことを、朝日の経済社説を担当している駒野剛氏は以下のように指摘する。

 「本紙社説もアベノミクスの危うさに批判の論陣を張る。だが、私は意見を異にする。/手をこまぬいていたら、少子高齢化が進み、経済の衰退を座視することになりかねない。今こそ政治の出番だ。アベノミクスは大いに試す価値があると思う。/『人生はとどのつまり賭けや、やってみなはれ』。サントリー創業者の鳥井信治郎が、危険な新事業に乗り出す時の言葉を思い出す」

 アベノミクスが駒野氏のいうような「賭け」かどうかはともかく、安倍首相はまさに政治の意思、つまり「断固たる国家意思」をもって、みずから決然とリスクをとりつつ、政治の総力を挙げたデフレからの脱却を実現しようとしているのだといえよう。クルーグマン教授は最後にいう。

 「安倍氏は、悪しき正統派経済学と決別しようとしているのである。そしてもし彼が成功すれば、特筆すべきことが起こることとなるだろう。それは、不況型経済の先駆者たる日本が、そこから脱出する方法を全世界に対して見せつける、ということなのである」

 ところで、このような鮮やかな政策転換ぶりを見つつ、改めて筆者の念頭に浮かぶのはかの昭和恐慌の際、それまでの井上準之助蔵相のデフレ政策から、まさに百八十度の転換を試みた高橋是清蔵相の果断な政策決断である。金解禁の即時停止、円安の容認、量的緩和、積極的な財政政策、国債の日銀引き受け等々がその内容だといってよいが、彼はまさに蔵相就任とともに、かかる大胆な政策を間髪入れずに実行に移すことにより、日本経済を深刻なデフレより救い、いわば世界に先駆けた経済回復、すなわち昭和恐慌からの脱出を可能にしたのである。今進行中のアベノミクスを見つつ思うのは、まさにこの歴史の再来こそがアベノミクスではないか、という「既視感」に近い思いなのだ。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成25年2月号より抜粋〉

【本稿の主な内容】

 ・昭和恐慌脱出の既視感

 ・「緊縮財政は終わりだ。好景気が来るぞ」

 ・経済理論を超えた政治家の決断

(続きは、『明日への選択』平成25年2月号で読めます)