東北被災地視察レポート④ まだまだ遠い東北復興

東北被災地視察レポート④

まだまだ遠い東北復興

 東日本大震災の発生から二年を過ぎた四月十四日~十六日、本誌は岩手県、宮城県の被災地を視察した。おととし五月、十月、昨年三月に続き、四度目の視察である。

 昨年の視察では、復旧が端緒についたことを確認したが、今回はその進捗状況の確認とともに、なによりも復興へ向けた動きがどの程度進んでいるのかを確認するのが主たる目的であった。

 平成五年の北海道南西沖地震で被災した奥尻島では、その後の復旧により立派なインフラは出来たものの、人口が流出し、島は却ってさびれてしまったと言われている。今日の東北復興においては、その蹉跌を繰り返すことなく、東北ならではの魅力あるまちづくりが実施されることが望まれるが、現実にはどうか。

 以下、各地の被災者や有力者への聞き取りに基づき、われわれが見た被災地の現状を報告する。

 

◆進まない三陸沿岸の復興

 四月十五日午前六時三十分、前日から岩手県釜石市に入ったわれわれは宿泊先を出発し、三陸沿岸部の山田町、大槌町を二年ぶりに視察した。当時見た「折れた防潮堤」や「散乱する瓦礫」はきれいになくなっていたが、見渡す限り住宅の基礎だけが残る山田町、何もない更地が広がる大槌町、という印象である。

 その後、国道四五号線を南下し、大船渡市から陸前高田市に入る。昨年、陸前高田を訪れた時はまだ市役所やスーパーなど建物の残骸が結構残っていたが、今はそれらもすべて解体され、見渡す限りの更地が広がっている。部外者には、元の市役所の場所さえ全く分からない。

 午前十時三十分、同市西部の今泉八幡宮に到着。同八幡宮は震災で社殿も社務所も全壊したが、境内には現在、「にじのライブラリー」という子供向け図書館が建設され、被災者に開放されている。ここで地元紙「東海新報」の木下繁喜記者と面談。荒木眞幸宮司、にじのライブラリー管理人の荒木奏子さんも同席した。

 木下記者は自宅が津波で被災したが、新聞記者として取材を続け、被災地・避難所の実情から、行政の取組、その後の市民生活まで幅広くフォローしてきた。われわれは知られざる衝撃的な事実が沢山あることに何度も驚かされたが、ごく一例を挙げればこんな話がある。

 大船渡市では、行政が災害公営住宅をいち早く用意するなど他地域よりも復旧復興が進んでいると報道されている。だが、現実には入居が始まっても、ほとんどは空室だという。

 「なぜなら、それは旧い公営住宅を改修しただけで、五階建てなのにエレベーターもなければ、共用廊下もない。東北は寒いので灯油が不可欠ですが、高齢者が二〇リットルのポリタンクをかついで五階まで上がれますか。おまけに一階は浸水地域。誰がそんな所に住むのですか。行政は『造った、造った』と言うけれども、予算を消化したという実績がほしいだけではないのか、市民の生活再建を本当に考えているのか、とすら思うことがあります。結局、この非常時に、平時の法律、制度、事業で対応しようとしているから、被災者の生活再建は進まない。そこが被災地が直面する一番の問題なのです」

 これは陸前高田市に住む荒木奏子さんも同意見で、「このままだと二十年経ってもほとんど何も変わらないと思います」と付け加えた。

 午後は、荒木宮司の案内により、気仙沼市役所で守屋守武市議会議員と面談。また別途、気仙沼商工会議所の臼井賢志会頭とも面談した。

 気仙沼市は全国屈指の漁港であり、漁業だけでなく、加工、造船、鉄工、歓楽施設など水産関連産業の従事者が市民の七割以上を占める。それゆえ水産業の復旧復興がカギを握る。

 気仙沼市では昨年六月、市内三カ所に「漁港区域」が設定され、震災から一年半を経て、ようやく漁港の嵩上げが始まった。漁船も震災前の七割程度まで復旧し、水揚げ量は震災前の五五・七%まで回復した。

 だが、漁港区域以外のまちづくりについてはまだ明確になっていない。防潮堤の建設については県は沿岸全域に建設の意向だが、それに納得しない市民は多い。まちづくりの行方が不透明なため、市民は生活と商売の両方において再建の見通しが立たないという。その影響なのであろう、気仙沼市の人口は、震災後五千人以上減少している。臼井会頭が言う。

 「住民票だけ残している人も多いので、市の統計以上に人口流出は進んでいると思います。もっとも、残っている市民は、行政の計画が見えないからといって坐して死を待つわけにもいかない。この二年は水揚げされた魚を氷詰めにして出荷するだけにとどまっていましたが、山の方に自力で工場を建て加工を復活させる会社も出てきています。一日も早く復興するよう祈るしかない」

 なお、気仙沼では昨年秋から今年にかけて、今後の水産業復興の参考とするために、北欧の漁業先進国ノルウェーに視察団が派遣された。ノルウェーはわが国と同様、かつては乱獲によって周辺海域の資源が枯渇し水産業が衰退したが、七〇年代後半から「科学に基づく資源管理制度」を導入し、今では水産業が「成長産業」となっている。われわれはノルウェーを視察した水産関係者二人に取材し意見交換を行ったが、これについては別の機会に報告したい。

 

◆日本漁業の風穴となるか「桃浦かき養殖」

 四月十六日、午前五時四十五分、石巻漁港に到着した。魚市場に入ると、水揚げされたコウナゴがたくさん並んでいる。これからセリが始まるという。他にもフグ、ヒラメ、カレイ、エイ、ボラ、養殖ギンザケなどが並んでいる。一年前に来た時は、市場内にいる関係者は数十人だったが、ざっと二倍以上はいると思われる。魚市場の須能邦雄社長が言う。

 「去年は放射能汚染が懸念されて敬遠される傾向もあったが、今年はそれもクリアされて取引が進むようになった。水揚げ量は震災前の半分ぐらいだね」

 その後、市街地を展望できる日和山に登った。一年前は市街地のそこらじゅうに巨大な瓦礫の山が見えたが、かなり片付いている。日和山鹿島御児神社禰宜で、現地事情に詳しい窪木好文さんにも話を聞いた。

 「瓦礫は当初の見積よりも少なかったこともあり、処理が進んでいます。市は水田を買い上げるなどして復興住宅の建設をこれから一気に進めるようです。この二年間はなかなか進展が見られなかったのですが、いよいよ予算が動き出すので今年は期待が持てます」

 話は変わるが、震災後、宮城県の村井知事が政府の復興構想会議で提案して話題になった「水産業復興特区」というのがある。漁業を営むには「漁業権」が必要なのだが、現在は漁協が事実上独占しているため、新規参入が難しい。しかし、この特区制度では、漁業権を企業にも開放する。四月十日、宮城県は国に特区の設置を申請。秋頃には認められる見通しだ。

 この特区制度を活用して新たな挑戦を始めた漁業者が、同じ石巻市の桃浦という所にいる。日和山から牡鹿半島方面へ車で三十分、「桃浦かき生産者合同会社」代表社員の大山勝幸さん、同社に協力している流通商社「仙台水産」石巻連絡所の阿部武志所長と面談した。

 震災前、桃浦には十九軒のかき養殖業者がいたが、ほとんどは後継者がなかった。大山さんも「震災がなければ、二年後にはリタイアするつもりだった」という。震災では、養殖いかだや漁具も流され、そのまま廃業という流れだったが、集落から人が流出して行く中で、大山さんは「地域の崩壊を止めるには仕事を再開するしかない」と決意。周囲の漁業者に呼び掛け、かき養殖を復活させていた。

 そうした中で昨年四月、県の特区構想を知った大山さんはすぐさま応募した。他方、仙台水産は県の要請を受け、出資や販路開拓などの面で大山さんたちに協力することとなった。こうして設立されたのが「桃浦かき生産者合同会社」である。

 では、特区によって何が変わるのか。大山さんによると、従来かきを出荷するには必ず漁協を通さなければならなかったが、今後は漁協を通さずとも市場に直接出荷できるようになり、販路の新規開拓が図れる。また、従来はかきを生産するだけだったが、生産、加工、販売を会社が一貫して手掛けることにより、収入が安定化するという。いわゆる六次産業化そのままのイメージだ。

 一方、この特区について県漁協は「浜の混乱と地域のコミュニティーの崩壊をもたらしかねない」と、反発を隠さない。だが、桃浦のケースは、もともと地域で養殖を営んでいた漁業者らが集まって法人化したのであり、得体の知れない部外者が新規参入するわけではない。

 むろん、この試みが成功するかどうかはこれからのことだが、震災からの復旧にとどまらず、安定した収益を得られるビジネスモデルとして確立すれば、衰退著しい日本漁業に風穴を開けることにもなる。その意味で、この挑戦は大いに注目すべきだろう。

 

◆仙台農地の大規模化は進むか

 午後は、菊地崇良仙台市議の案内により、仙台市役所幹部、田村稔仙台市議と面談。その後、仙台市中央卸売市場で、仙台水産の幹部とも面談した。以下では、仙台農業の復旧復興に絞って報告する。

 震災で仙台市は、農地の三〇%、一八〇〇ヘクタールが浸水し、用排水路や排水機場などの農業用施設も大きな被害を受けた。しかし、農地の瓦礫は昨年三月末迄にほぼ撤去され、排水機場も昨年六月までに全て復旧。除塩対策も完了した。それにより、昨年は五六〇ヘクタールで営農再開、今年は一四六〇ヘクタールで再開し、「秋には仙台平野が黄金色に染まるのを期待している」(市経済局幹部)という。

 一方、仙台市は単に震災前の状況に復旧させるのではなく、浸水地域に「農と食のフロンティアゾーン」をもうけ、農地の大区画化や集約、法人化などの農業経営の見直し、市場競争力のある作物への転換や六次産業化の促進をめざしている。とりわけ注目したいのは、大規模化の行方だ。市経済局の幹部が言う。

 「まだ目に見える成果はありませんが、現在、地権者との交渉を進めています。今は反対でも計画が明らかになれば賛成すると言う人も多いので、このチャンスをなんとか活かしたい」

 現在、TPP推進論者はこれを機に農地の大規模化を進めるべきだと強調しているが、日本の農地の約七割は中山間地域にあり、大規模化は困難且つ期待先行が実態である。ただ、例外的に大規模化のメリットが出やすい条件の土地もあり、仙台平野はその一つ。仙台においては、地域の稲作経営の競争力を強めるためにも、大規模化は大いに進めるべきだと考える。震災という特別な機会にさえ大規模化ができなかったとしたら、おそらく他のどこの地域においても大規模化は不可能であろう。それだけに、仙台市の取組には大いに期待したい。(文責・編集部)

〈『明日への選択』平成25年5月号〉