伊勢神宮の宮域林は「理想の人工林」

 先日、伊勢・式年遷宮のクライマックスとなる神儀「遷御」が無事執り行われたが、『植えない森づくり』(大内正伸著)という本の中に、神宮の宮域林は「理想の人工林」だという話がある。

 戦後わが国では大量の人工林が造られたが、今ではそれが大きく育ってきた。それゆえに、多くの日本人が思っているのとは正反対に、今は「植える」よりもむしろ「伐る」ことが大事な時代になっている。だが、現実には木材価格の低迷とともに山に手が入らなくなり、多くの山々が荒廃している。このことは本誌でもたびたび指摘してきた。

 一方、大内氏はそうした認識に立った上で、日本はヨーロッパとは違い「そこから勝手に草木が増えてくる風土」という豊かな自然条件にあることから、しっかりと間伐をすることや、ヒノキならヒノキという針葉樹だけの山を造るのではなく、針葉樹と広葉樹の混交林にするなど、日本の気候風土に適した林業への転換を提唱している。大内氏は言う。

「間伐されない人工林は密閉状態になると細い木が林立する線香林・モヤシ林になる」「いま、この人工林が崩壊し始めている。読者はここ数年、各地で豪雨による土石流が頻発し、尊い命が失われていることをご存じであろう。洪水も頻発している。最も大きな原因は挿し木苗でつくられた根の浅い人工林である。それが寝倒れして川を堰止め、土石流の原因となりやすい」と。

 さて、こうした危うい人工林の一つに、三重県の旧宮川村の人工林がある。じつはここはかつて式年遷宮の御用材を出す宮域林だったが、伐り尽くされた後は薪炭林となり、戦後はスギ・ヒノキの人工林となった。そして二〇〇四年、伊勢地方に台風が襲来し、土砂災害が発生して、旧宮川村でも死者・行方不明者が出た。後年、大内氏が訪れてみると、原因はやはり手入れ不足にあることがありありと窺えたそうだ。

 ところが、その帰りに近隣にある伊勢神宮を訪れてみると、神宮宮域林は台風にも無傷であったことに気付いたという。いったい何が違うのか。なお、神宮宮域林は半分が天然林、もう半分がヒノキの人工林である。

「ここも元は宮川村と同じように神宮の御造営のため木材を伐り尽くした山だが、さらに江戸時代の『お伊勢参り』のお客のために、薪炭林として禿げ山になった。江戸から大正時代にかけて、伊勢の町は洪水が頻繁に起きていた。

 その森は大正七年の大水害をきっかけに造林計画がつくられ、自然に生えた広葉樹を温存しながら、神宮の御造営の木材も自給できるよう、全面積の約半分はヒノキが植えられた。その施行はヒノキを早く太らせるために間伐を強度に行なうというもので、結果的に広葉樹との混交林になり、水源涵養機能もすばらしく、宮川村を襲った集中豪雨と同じクラスの台風にさえ、ビクともしない森になった。……同じ条件から出発した森でも、人の手の加え方で、こうもちがってしまうのかと、旧宮川村の被災地を見た後で感じ入ったものである」

 ちなみに、神宮宮域林の水源涵養機能、いわゆる緑のダムとしての機能は、素晴らしいものがあるという。神宮司庁の元営林部長、木村政生氏はこう語っている(『神宮宮域林について』)。

「現在、宮域林はヒノキを中心として二〇〇~三〇〇年で御杣山を作ろうとしております。こうして針葉樹と広葉樹の混交林が出来上がると、森林生態系そのものが、ヒノキ・スギの単純林よりもうまく循環します。木の葉が落葉落枝となって土壌微生物に消化され、土壌がよくなります。土壌がよくなるということは、土壌がスポンジ状の団粒構造になるということです。そこに水が浸透して、地下水となって蓄えられます。これが所謂『緑のダム』です。
 最近この『緑のダム』の働きが顕著に表れたことがあります。それは平成三年、宮域林内に設置した建設省の自動雨量計が一日に四八六ミリメートルの雨量があったことを示したときです。昔の禿山ならこの内宮周辺は一面水に浸かっていますが、このときは内宮の参道までにも水が上がりませんでした。山に緑が増えた事で川の流水量が平準化されたわけです。雨水を山の中に貯めておいて徐々に出てくるのです。八十年程前の大正七年は三五〇ミリメートルの集中豪雨で床上浸水が一四〇〇棟ありました。今は盛んに自然保護や環境保全ということが叫ばれていますが、山を作ることが、いかに洪水災害を減らすかということが、これでよくわかると思います」

 日本人の聖地・伊勢神宮は、その森林も素晴らしい!

〈初出・『明日への選択』平成25年8月号/一部加筆〉