式年遷宮・「遷御の儀」に見た本当の日本

 10月5日、筆者は豊受大神宮(外宮)で執り行われた式年遷宮「遷御の儀」に当たり、特別奉拝の機会をいただいた。初の体験であったが、これ以上ない神聖・厳粛な瞬間に立ち会う中で、身が震えるような感動と、日本の「本質にある力」としかいいようのない眼に見えない力を実感した。

  特別奉拝そのものは、正宮前に設けられた椅子席にただひたすら座して待つ、という形のものであった。しかし、神域が次第に暗闇に包まれ、なすことはただ自らをかかる「浄闇」の世界と一体化させること――という段階になると、心は自然に研ぎ澄まされてくる。そんな中、ここで執り行われている神祭りが、まさにはるか古代世界の祖先たちの祭りと同じものだという感慨に、今まで感じたことのないような感動を覚えることとなったのである。7時半過ぎ頃であったか、正宮内より雅楽の音とともに祭り歌が静寂の闇の中、微かに伝わってくるひと時があったが、それがあたかも古代の人々の歌とも感じられ、二千年の歴史が凝縮されてそこに現じているかのごとく思われたのである。

  8時前になると、庭燎も含め神域内の一切の明かりが消され、神域内はただ漆黒の世界となった。いよいよ「遷御」の時の到来である。筆者はこの時、これに合わせてはるか皇居内神嘉殿にて「遙拝の儀」を執り行われている天皇陛下のお姿に思いを致した。

  「天皇陛下には黄櫨染御袍をお召しになり、剣璽を捧持した侍従を従へて出御。庭燎の焚かれた神嘉殿に特に設けられた御座に進まれ、『庭上下御』といふ最も鄭重な作法で遷御を遙拝遊ばされた」

 これはご遷宮後発行の『神社新報』の一節だが、ここに記されたごとき陛下のご遙拝のお姿を思ったのである。まさに時間を超えるとともに、空間を超え、この一瞬、この出御の瞬間に、陛下はかく遙拝されている。「神々の世界、祈りの世界はこの日本に、その中核に厳として存在している」。その思いが強く筆者の心を揺すった。

 そして「出御」。松明の火を先頭に御列がゆっくりと進んできた。百名を越える祭員がご神宝を捧持し、「おー、おー」と低く歌うと同時に、和琴、ひちりき、笛が奏でる「道楽」の音色に導かれつつ、そして白い「絹垣」に包まれたご神体が道敷の白布の上を進んできたのである。眼に見えぬ「神威」ともいうべきパワーに圧倒される思いで、ただその神聖な御列に頭を垂れるばかりであった。

  日本という国のことを考える場合、ほとんどの日本人は日常的にこの眼に映ずる表面の日本だけを見て、それを日本だと断じて憚らない。しかし本来の日本とは、あえていえばこの「遷御の儀」に垣間見ることができるような「神々の世界」を中心にいただく日本なのではないか? 今回の体験は筆者をして、改めてそのような思いを抱かしめたといってよい。

 神宮の式年遷宮は「皇家第一の重事」といわれてきた。それは何よりも「天皇の祭祀」ということに他ならない。平成5年、第61回式年遷宮が執り行われた際、皇后陛下は以下のような印象深いお歌をお詠みになられた。

 秋草の園生(そのふ)に虫の声満ちてみ遷(うつ)りの刻(とき)次第に近し

 このお歌に拝することのできる皇后陛下のひたすら「み遷り」に向け研ぎ澄まされていくお心は、まさに皇后陛下にとってこのご遷宮の意味を示されるものでもある。日本という国は、要するにこのようなみ祭りと、中心者をいただく国だということなのだ。

 ご遷宮は終わり、これからは国民総参宮の時である。最後に、やはり第61回ご遷宮の翌年、天皇陛下がお歌いになられた御製を拝し、本稿の結びとしたい。

 白石(しらいし)を踏み進みゆく我が前に光に映(は)えて新宮(にひみや)は立つ

(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

 

〈『明日への選択』平成25年11月号〉