自由貿易の「泥沼」から目をそらすな

問題提起

自由貿易の「泥沼」から目をそらすな

TPPの先に何があるのか?

メディアの論調は「TPPに参加すべし」でほぼ統一されている。だが、世界は今、グローバル競争のために低価格競争のみならず、通貨安競争、法人税削減競争、福祉削減競争といった仁義なき戦いまで強いられている。こうした「社会的コスト」を関心の外に置いた論議だけでは、国は破滅するしかない。


 

 「もう太刀打ちできない」――米韓FTA合意のニュースを聞いたある大手電機メーカー幹部は、こう沈痛な声を漏らしたという。米国の薄型テレビ市場では、今やソニー、パナソニックなど日本勢は、サムスン電子やLG電子といった韓国勢にシェア争いで大きく水を開けられ、揃って三位以下という後塵を拝している。それがこのFTAで韓国製品の価格競争力が更に高まれば、「追いつく手がかりすらなくなる」というのだ(産経12・5)。

 電機だけではない。自動車も猛烈な追い上げを受けている。

 「11月の米新車販売で、韓国の現代自動車は前年同月比で50%近い伸びを記録。一方で、トヨタ自動車は大手の中で、唯一のマイナスに沈んだ。シェアでは日本勢の方がまだまだ優位だが、『電機の二の舞になる』(大手自動車幹部)と危機感を募らせている」(同)

 むろん、こうした中、韓国側の意気はいやが応にも上がる。李明博韓国大統領は十二月七日、この米韓FTA合意を受け、「韓国は国土が狭いが、経済領土は世界一だ」と述べ、自らのFTA締結推進路線を自賛して見せたという。今や韓国のFTA締結相手国は四十五カ国にも上り、これだけ広範な自由貿易のネットワークをもつ国は「世界で韓国しかない」、と豪語するわけだ。

 ちなみに、経済産業省の試算では、かかるFTA網をベースとする韓国勢の輸出増を受け、日本企業は米国向けの自動車、電機、電子、機械分野の輸出が、二〇二〇年には一兆五千億円分、関連の国内生産額は三兆七千億円分の打撃を受けることになるという。それだけではない。韓国が更に中国ともFTAを締結ということになると、日本のGDPの減少額は十兆五千億円、雇用は八十一万二千人の減少になるともいう。

 まさにFTAの効果恐るべし――という話だが、しかしこの話にはメディアでは論じられていない別の側面もある。韓国による輸出攻勢の脅威はその通りとしても、その一方、韓国経済それ自体は、このFTA締結効果で必ずしも利益を受けていない、というもう一つの現実があるからだ。いかに韓国の「経済領土」が世界一になろうと、むしろ韓国の国内では企業の雇用総出力の低下や格差の拡大という問題が、深刻な影を落としているのだ。

 理由は明確だ。液晶パネルや半導体といった装置産業は多数の人手を要しない。工場が新設されたといっても、それによる雇用創出力はこれまでの産業の比ではない。また、海外市場ということになれば、結局は工場の海外移転が不可避となる。そして、輸出が増えれば増えるほど、その輸出品を構成する「部品」は日本などからの輸入に頼らざるを得ないのだ。かくて、輸出が好調で、サムスン電子やLG電子がいかに最高収益を上げようとも、肝心の雇用が増えないという「構造的矛盾」が前面に立ちはだかるのである。

 しかし、問題はそれだけではない。輸出で雇用が増えないとしたら、雇用創出効果の高い国内のサービス産業などで雇用を増やすしかない。しかし、前述した雇用環境の厳しさが逆に国内の消費の低迷を生み、そのことによりむしろサービス産業の成長が抑えられるという悪循環が生じているのである。以下は三橋貴明氏が指摘する韓国経済の現実だ。

 「韓国は表向きはともかく、実質的な失業率が高い。韓国の聯合ニュースが2010年1月6日に報じたが、同国の『事実上の失業率』は、12・6%である。5%超の失業率で騒いでいる私たち日本人には、想像もつかない現実が玄界灘の向こうにある。特に若者、大卒者の求人が少ない。女性の場合はなおさらだ。だからこそ、日本にやってくる。……結局のところ、韓国の問題は、ガリバーと化したグローバル企業が、従業員を使い倒し、韓国民から利益を吸い上げ、配当金として株主に分配していることである。……サムスンの場合は、株主の半分近くが『外国人』である。韓国メーカーがグローバルで戦うということは、決して韓国国民を幸せにはしないのだ」

 さて、韓国経済についての言及が長くなってしまったが、むろん韓国経済を論ずることが本稿の目的ではない。今わが国で問題になっているTPP(環太平洋経済連携協定)の問題を論ずべく、まずはこの韓国経済の現実を紹介してみたのである。メディアなどを見ていると、この問題では「韓国に学べ」「このままでは韓国にやられる」などといった議論が実に多い。しかし、問題はそれに留まるのか、ということなのだ。

 わが国のメディアの論調は「TPPに参加すべし」でほぼ統一されている。しかし、一面では確かにそうはいえても、その一方、韓国経済にも見られるかかる「負の側面」を考える必要はないのか、ということなのだ。日本経済もまた輸出がカギを握るというのは事実としても、だからといって貿易自由化には(農業さえ除けば)何の問題もないのか? ここは韓国の事例に照らしてみても、慎重な検討が必要ではないか、ということなのだ。ここで紹介したいのは、英国の……(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成23年1月号より抜粋〉

【本論文の主な内容】

・米韓FTAで、「もう太刀打ちできない」?

・自由貿易の合理性は社会的不合理をうむ

・かくも苛酷なグローバル競争の泥沼

・保護主義による内需回復の可能性

(続きは、『明日への選択』平成23年1月号で読めます)