食育・食の崩壊と家庭⑦ 家庭の食卓を崩壊させる「個の尊重」

 長年家庭の食卓に関して調査・研究を重ねてきた岩村暢子さんが、文藝春秋十月号に発表した「壊れる食卓」は、今日我が国で起こっている「食の崩壊」の現状を的確に描き出したレポートだ。

 「カレーライスと鰺のたたき」「スパゲティと刺身」、「宅配寿司とキムチ豆腐チゲ」……聞くだけで気持ち悪くなるような食事。今時の中年が挙げる「懐かしい味」とは、マクドナルドにケンタッキーにチキンラーメンだという。

 こうした食の惨状については本誌でも度々取り上げてきたが、岩村さんはこう言う。

 「これは特殊な家庭の出来事ではない。六〇年生まれ以降の世代ならば、専業主婦であるか共働きか、学歴、職業、年収いかんに拘わらず、共通して起きている現象である」

 しかも、食事の作り手である主婦らは、野菜の皮を剥くのは面倒だから冷凍食品を使い、生魚や挽肉は気持ち悪いと使わず、洗い物が増えるのは大変だからとごはんもおかずも全部大皿に盛り、スーパーで買ってきたトレーやパックもそのまま出すというのだ。

 なぜこんなトンデモナイことをするのか。それは家族の健康や味覚よりも作り手の都合を最優先にするからだ。これを岩村さんは「マイモラル」とか「個の尊重」と呼ぶ。

 《「個の尊重」も「マイモラル」も、ある意味ではストレスを避けるために生まれている。子どもに好き嫌いを我慢させることはストレス。計画的に三食作ることもストレス。ファーストフードや、添加物入りのスナック菓子を我慢することも「ストレスになるから、少しくらい健康に悪くても食べたほうがいい」という。
 仕事でも子育てでも、健康のためのダイエットでも、なにか目標を達成するためには必要な我慢もストレスもある。しかし、六〇年生まれ以降の世代では、目的は関係なく「ストレス=悪」らしい。……「離乳食と大人の食事」「子どもの躾と家族の団欒」など、二つのことを同時にこなすのもストレスだ。すると、どちらか一方を大胆に切り捨てる。
 「主人は子どもたち(九歳、七歳)に箸の持ち方を躾ようとするけれど、せっかく楽しく食べているのにやめてほしい。子どもには『パパが帰る前に早く食べなさい』と言ってしまう」(三二歳)》

 教育現場では、このストレスが言われ出してから「個の尊重」「ゆとり」が強調され、結局、「学級崩壊」に至った。何か共通するものがある。

〈『明日への選択』平成15年10月号より抜粋〉