食育・食の崩壊と家庭⑨ マヨネー一味に制圧された日本

 「もうマヨなしでは生きられない」という若き女性や、「一味」に頼る若者が増えている。

 マヨはマヨネーズ、一味は一味唐辛子。おふくろの味ならぬファーストフードとレトルトの味で育った世代が、さらに濃厚な味と刺激を求めた結果、こうした調味料を大量に使う、まさに「マヨねえの一味」を構成しつつあるのである。

 しかも、彼らの所業は半端ではない。ウナギの蒲焼きにマヨネーズ、高野豆腐の煮物にマヨネーズ、赤飯にマヨネーズ、鮭茶漬けにマヨネーズ。若者の中には、朝はマヨネーズをぬりたくったマヨトーストを食べて出勤、夕食にはマヨネーズ山盛りご飯に、マヨネーズを絞った味噌汁!?をすするという輩も多いらしい。

 東京・立川にはそんな「マヨラー」たちを相手に「マヨネーズキッチン」なる店も数年前にオープン。石焼きブタキムマヨ丼等、料理一品毎にマヨネーズ使用度「マヨ度」が示されるほか、マヨネーズカクテルや、マヨネーズのボトルキープなんてのもある。

 一方、一味派もすごい。筆者が以前いた職場でも、一緒に入ったうどん屋で汁の元の色がわからないくらい一味で真っ赤に染め上げ、汗一つかかずに涼しい顔で食べている二十代の男を見て、「こいつは日本人、いや人類か?」と驚いたことがある。が、その後、遠からずして彼だけが特殊なのではないことを知った。

 こうした傾向は、一言で言えば「味覚崩壊」ということになるのだが、「味覚」だけでなく、「食」そのものの崩壊が、今や日本の随所で進んでいる。

 産経新聞は、この一月に「亡食の時代」というタイトルで特集記事を連載したが、それによれば、朝食を食べない、もしくは、ガムやチョコレートですませてしまう子供が増えているという。そのため、東京・八王子市の私立進学校や、高知県の公立中学校では、見かねて、希望する生徒にだけでも朝食の給食を出すようになったという。

 一方で、子供の食べ残しも深刻の度を増している。埼玉県久喜市の給食センターには平日の午後一時半すぎになると、各小中学校の給食で残った残飯が集められるが、一口かじっただけの大量の食パン、子供が苦手とする煮物など、その量は一人平均一〇〇グラム。出された食事の一割以上が食べられずに廃棄されている計算になる。

 献立作りの担当女性は、「全部食べさせるのは簡単。カレーやハンバーグなど、子供の好きなものばかり出せばいい。だけど、それでは、子供の好き嫌いを助長してしまう」と語っている。だからこそ、和食には煮干しや昆布で取っただしを使い、手の込んだ料理も出しているのだが、親からは「給食でいいものを食べているから、家では手が抜けていい」と、「喜びの声」が届いているとも記事にはあった。

 朝食給食もそうだが、「本来あるべき食事」を学校が追求するほど、家庭は依存を強めるという逆効果が生まれてしまっているようだ。娘に料理を手伝わせなくなった親たちが「飽食の第一世代」、その結果生まれた包丁一つ使えない若い母親達が「崩食の第二世代」とするなら、今の第三世代はまさに「亡食の世代」と言えるだろう。

 強烈な刺激や「自分だけの味」を求めてマヨネーズのボトルキープやマイ一味など、遊び感覚で食をとらえる若者がいる一方で、いい年して、いつも昼食は一人部屋の中でカロリーメイトをかじってすますという男もいる。後輩でもある彼に、「そんなの食べて美味しいの?」と尋ねてみた。にっこり笑って手渡してくれた一切れを口にする。軽い、薄い、味気ない食感。そこに今の日本の食風景が象徴されている気がした。

〈『明日への選択』平成18年2月号〉