「建国記念の日」はどう論じられるべきか

「建国記念の日」はどう論じられるべきか

日本書紀が伝える神武天皇即位をもって国家のルーツとすることは、歴史を通じて培われた国民的確信である。


 

「建国記念の日」二月十一日は、日本書紀が伝える神武天皇の伝承に由来する。神武天皇の即位の日である「辛酉春正月庚辰朔」の「春正月」、つまり一月一日を太陽暦に直した日であり、明治七年から昭和二十三年までの間、紀元節として親しまれてきた。戦後、GHQによって祝日から外され、昭和二十四年からは平日となっていたが、昭和四十一年に祝日法が改正され、その翌年から「建国記念の日」として祝日となり今日に至っている。

 戦後の一時期、この二月十一日と神武天皇がメディアに取り上げられる際、「非科学的」とか「架空の存在」という枕詞なしに取り上げられることはなかった。今はそんな単純な否定論は通用しなくなっているようだが、しかし、仮にそうした議論があったとしても、「建国」を記念する日を持ち、建国の始祖に思いを馳せなくてもよいなどということにはならない。むしろ、そうした歴史的な論議は「建国の日」を論じるに当たっての二義的議論のように思われる。

 というのも、建国を記念する日は、日本国家のアイデンティティに関わるがゆえに、それを巡る議論は、当然、日本の国家のルーツをどう認識するのか、さらに言えば、日本人は長い歴史のなかで日本の紀元とその始祖をどう認識してきたのか、という問題であり、こうした議論こそまず為されるべきだと思うからである。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成26年2月号より抜粋〉

【本論文の主な内容】

・「建国の日」とは?

・ 「解放記念日」を止め、歴史にルーツを求めた国々

・ 「紀元節」を生んだ国民的確信

・国民が取り戻した「二月十一日」

(続きは、『明日への選択』平成26年2月号で読めます)