東日本大震災はわれらに何を教えたのか

 東日本大震災のあの日より、早くも一年になる。大地震の衝撃もさることながら、その後テレビの画面に映し出された津波の惨状にわれわれは言葉を失った。

黒き水うねり広がり進み行く仙台平野をいたみつつ見る

 天皇陛下はこのようにお歌いになられたが、われわれはただ呆然とその映像に見入る他なかったのである。そしてその後、福島第一原発のあの驚愕事態が報じられた。あの時の恐怖と、それが今後どうなっていくのかの、心を押しつぶされるような不安は、今もなお強烈な記憶となって心に残る。

 あれから一年――。われわれはどんな思いで、この一年の日を迎えるべきなのだろうか。

 筆者がまず第一にいいたいのは、あの日のことをどのような意味においても、決して忘れてはならないということだ。天皇陛下は震災直後のお言葉で、「国民一人びとりが、被災した各地域のうえにこれからも長く心を寄せ、被災者と共にそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」とお述べになったが、そのことを今も心に留め続けるべきだということだ。

 昨年の天皇誕生日、天皇陛下は参賀の国民に対し、お言葉の大半を大震災のことに費やされた。拝聴していてただ涙が流れたが、われわれにできることは限られてはいても、被災地の人々のことにともかく心を寄せ続けなければならぬ、とその時改めて誓った。

 被災地に寒き日のまた巡り来ぬ心にかかる仮住まひの人

 明けて正月、われわれはこのような天皇陛下の御製を拝した。

 第二は、あの大震災の中でわれわれが気づかされた事どもを、やはり決して忘れてはならないということだ。われわれの生活の中にあるのはただ安穏な「平時」だけではなく、必ず「非常時」というものがある。われわれはその「非常時」のことをいつも心の中のどこかに置いておかなければならない。国家システムにおいても、この「非常時」における対処方針を事前に万全な形で整えておかなければならない。あの時、この重大事を、われわれは身に沁みて知らされたが、このことを決して忘れてはならないということだ。

 それだけではない。われわれはあの時、国家の重み、国民の絆の大切さ、公的精神の崇高さ、といったものを改めて知らされた。国家主権の相対化だの、個の尊厳だの、人権だの、地域主権だのという、戦後民主主義のイデオロギーをたっぷり学ばされた国民が、あの時、かかるイデオロギーが所詮は空中に楼閣を築いたにも等しい「迷妄」にすぎないこと、そしてこの世の真実は「国家と共同体」の中にあることを、強く思い知らされたのである。その貴重な「気づき」を、決して過去のものにしてはならないということだ。

 第三は、この日本を、この試練を乗り越えて、今一度「活力あふれる日本」に再生しなければならないということだ。この日本はこれまでも様々な危機を克服して不死鳥のように甦ってきた。この日本の底力を、もう一度皆で奮い起こさねばならないということである。敗戦後の日本の廃墟からの復興、石油危機の克服、バブル経済の清算、阪神淡路大震災からの再生等々、日本国民はこれらの試練を次々と乗り越えてきたのだ。

 今日、われわれの前にあるのは大震災の痛手だけでなく、「失われた二十年」といわれる経済、深刻な少子化、めざすべき新たなる目標の喪失、といった危機である。しかし、大震災はその一方で、日本国民の中に今なお潜在する素晴らしい「国民的資質」を改めて知らしめてくれた。とすれば、われわれはそれを確認しつつ、この未曾有の国難ともいうべき試練に対していくべきなのだ。大震災一年に当たっての確認である。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成24年3月号〉