日本国憲法は条約?

 中国は安倍首相の靖国参拝を「戦後国際秩序への挑戦」と批判し、世界中で宣伝戦を展開している。そうした宣伝戦のなか、佐瀬昌盛氏が紹介している高燕平というイスラエル駐在中国大使の論文が興味深かった(『Will』四月号)。

 この論文は「ホロコーストを決して繰り返させるな」というタイトルだが、佐瀬氏によれば、この論文の粗筋は東條英機は「アジアのヒトラー」であり、そんな東條などの「A級戦犯」を祀っている靖国神社に安倍首相が参拝した。これを見逃せば日本軍国主義の歴史が繰り返されるというもので、高大使が「繰り返させるな」と言っているのはドイツに対してではなく、日本に対してだというのである。

 

 ホロコーストとはナチスが行った人種や宗教を理由とする絶滅政策である。戦後、ドイツに対するニュルンベルグ裁判において「人道に対する罪」が設けられたのは、このホロコーストを裁くためだった。しかし、日本はそんな政策と完全に無縁である。東京裁判でもニュルンベルグにならって「人道に対する罪」が掲げられたが、そうした事実がないため、判決前に訴追理由から消され、「人道に対する罪」で有罪となった「A級戦犯」は一人もいなかった。

 そもそも、佐瀬氏が指摘するように、ホロコーストはヒトラーの「人種政策」であって、戦争政策ではない。むしろ大量の人員と列車を軍事作戦以外に振り向けるという軍事作戦とは矛盾する政策だった。高論文はまさに「人種政策を戦争政策にすり替え日本非難の材料としている」(佐瀬氏)と言える。

 中国はこれまで、ドイツは戦後「謝罪」したが日本は反省していないと日独を対比させ、日本批判の材料としてドイツを持ち上げてきた。今度の靖国参拝問題では「アジアのヒトラー」というキャッチコピーを持ち出し、靖国参拝からホロコーストを連想させようという、常人の想像を超える「こじつけ」論を持ち出してきたと言える。

 

 とはいえ、記者の興味を引いたのは「東條はアジアのヒトラー」という部分だけではない。安倍政権の動きを批判し、憲法に触れた部分が興味深かったからである。高論文はこう書いている。

 「日本政府は、海外で戦争を始める権利を制限し、かつ、武器生産や防衛支出の面での権利を制限するため、国際社会が課した平和憲法を破ろうとさえしている。国際社会がこれを座視するなら、日本軍国主義の歴史が繰り返されよう」

 この論文は、日本国憲法は日本の「権利」を制限するため「国際社会が課した」ものであり、安倍政権がめざしている憲法改正を阻止しようと呼びかけてもいるのである。

 この「国際社会が課した平和憲法」という文言を読んで思い出したのは、江藤淳氏が「忘れたことと忘れさせられたこと」という論文の末尾で紹介していた体験である。昭和五十三年、江藤氏が「北京で面談した中国政府高官」は、日本が「条約によって軍備を拘束されている」と言い、その条約とは「日本国憲法のことですか」と江藤氏が問うと、「なに、憲法? あれは憲法といっても条約と同じようなものではじゃありませんか」と言い放ったという。

 この政府高官は当時の鄧小平副首相だと思われるが、今回の高大使の論文によって、中国が憲法、とりわけ「軍備を拘束」している九条が国際条約のように機能して日本の権利を制限しているという中国の基本認識が今も変わっていないことを改めて確認させられた。日本を軍事的な権利を制限された「敗戦国家」の地位に貶め続ける、そんな狙いが彼らの憲法認識に現れていると言っても過言ではあるまい。

 むろん、憲法は条約などではないし、憲法改正は国民の主権行為であって条約改正などと同一に論じられるものではない。その意味で、憲法改正は「敗戦国家」に甘んじるのか、「まっとうな普通の国家」となるのか、こうした選択であることも高論文は反面教師のように示唆していると言える。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

 

〈『明日への選択』平成26年4月号〉