家族と社会の再生に向けて

家族と社会の再生に向けて

今こそ社会政策の哲学的転換を!

 

離婚・未婚の急増、孤独死、無縁社会に象徴される「家族の崩壊」が進んでいる。民主党や朝日は「社会制度の個人化=脱家族化路線」を推し進め、それを加速させようとしているが、今はむしろこの路線を逆転させ、国民の家族観念と現実の家族を守るための政策こそ必要だ。「家族の主流化」に向けた三つの視点を提起する。


 

◇「家族」か「個人」か

 

 単身世帯の急増や孤独死など、「無縁社会」と称される問題に世の関心が集まっている。そんな中で最近、社会の仕組みを、「家族」から「個人」を前提としたものに変えるべきだという短絡的な声が聞こえてくる。例えば朝日新聞はこの年末、「孤族の国」という連載を開始、日本社会の単身化への流れを、「家族」から「孤族」への宿命的な変質と捉えた上で、こんな問題意識を開陳した。

 「いま起きていることは、私たちが望み、選び取った生き方の帰結とはいえないだろうか。目指したのは、血縁や地縁にしばられず、伸びやかに個が発揮される社会。晩婚・非婚化もそれぞれの人生の選択の積み重ねだ。時計の針を逆回しにはできない。問題なのは、日本が『個人を単位とする社会』へと変化しているにもかかわらず、政策も人々の意識も、まだ昭和/高度成長期にとどまっていることではないか。…家族が『孤族』へと姿を変えた今、このやり方は通用しない。…誰もが『孤族』になりうることを前提にして、新しい生き方、新しい政策を生み出すしか道はない」(十二月二十六日付)

 確かに、いまわれわれの眼前で起きていることは、戦後の日本人が何より個人を優先させてきたツケに違いない。しかし問題は、こうした生き方の先に待っていたのは、朝日が言う「伸びやかに個が発揮される社会」などではなく、無縁社会と称されるような非人間的な社会だったことにある。だからこそ、これまでの個人優先主義を見直し、個人の基盤たる家族や地域や国家などの共同体的価値を復権すべきなのだ――。それが本誌の一貫した立場である。

 しかし、朝日の見方はそうではない。彼らは個人優先主義に居直り、問題の所在を人々の意識や政策の個人化の不徹底に求め、「個人を支える制度と社会」への変革を主張するのだ。例えば、年金や介護などの社会保障制度、高齢者医療や所得税の配偶者控除なども、「個人化の視点」から見直しを図るべきであると。

 社会の仕組みを個人化すべきとする動きは、「男女共同参画社会の形成」という別の背景からも起きている。年末に閣議決定された五カ年計画(第三次男女共同参画基本計画)は、「より多様な生き方を可能にする社会システムの実現」という観点から、社会の制度や慣行を「世帯」から「個人」を基軸としたものへ転換することを「喫緊の課題」と位置づけた。要は、現行の夫婦同姓や配偶者控除などは、固定的性別役割分担意識に根ざした「世帯単位の制度・慣行」で、個人の自由な生き方を束縛する。よって現行制度を見直し、「個人単位の制度・慣行」に転換すべしというわけだ。まさにフェミニズム運動そのものというしかない。

 ともあれ、ここにうかがえるのも、やはり家族よりも個人を優先する考え方である。この「基本計画」が実現すれば、既に衰弱しかけている日本の家族というシステムは息の根を止められてしまうに違いない。穿った見方をすれば、民主党政権が男女共同参画の名の下にめざす社会制度の個人化=脱家族化路線を、朝日は孤独死問題を逆手にとって後押しするつもりなのであろう。

 だが、社会制度の個人化の先に、果たして国民の幸福と日本の存続が保障されるのだろうか。(日本政策研究センター研究部長 小坂実)

 

〈『明日への選択』平成23年2月号より抜粋〉

 

【本論文の主な内容】

・社会制度の個人化は日本に何をもたらすか

・直視すべき国民の家族意識

・いま求められる政策哲学の転換

・家族の主流化へ――三つの視点

 

(続きは、『明日への選択』平成23年2月号で読めます)