中国の「横暴なルール」に世界は「ノー」を

 「問題は中国が世界のルールに従うか、世界が中国の横暴なルールに屈するかだ」

 天安門事件から四半世紀。6月4日付けの産経に掲載された天安門事件当時の学生運動リーダー、ウアルカイシ氏のこの言葉には、思わず唸らされた。

 中国は今、あの当時とは比較にならない大国となっている。しかし、中国の民主化は進むどころか、政権は再びかつての暴虐性を復活しつつあるかにさえ見える。この日を前に、当局は新たな反政府運動の火種を絶つべく、犠牲者の追悼活動などへの締め付けを一斉に強めた。

 報道によれば、4日も中国各地で追悼・抗議活動を強行しようとした活動家らが拘束された。またこの日までに、複数のジャーナリストが摘発され、加えて外国人記者への取材妨害、といったニュースも伝えられている。4日の天安門広場における厳戒態勢を含め、まさに習政権の対応は「前例のない厳しい締め付け」だったというのが、現地における関係者の感想のようだ。

 しかし、こうした政権の動きへの国際社会の批判にはかつての盛り上がりはない。欧州諸国は中国政府の反発を恐れ、中国の人権状況への要求には及び腰だとされるし、米国も議会による抗議はともかく、オバマ政権としての批判は抑制されたものに留まった。これではウアルカイシ氏のいうごとく、中国を「世界のルール」に従わせるのではなく、世界が中国の「横暴なルール」に屈するにも等しい情けない現実というべきだ。

 「暴虐性の復活」と書いたが、今や中国共産党政権の矛盾は隠蔽しがたい段階に達しつつある。経済的な発展の裏での経済格差や腐敗、環境破壊など様々な問題の顕在化、またそれに対する国民の不満、ウイグル族など少数民族との軋轢……等々、普通の政権ならばとうの昔に国民の支持を失い、転覆しているのが現実であろう。

 一方、国際社会においても中国の「異形性」は際立つ。数日前、シンガポールで行われた「アジア安全保障会議」では、日米に「国際社会のルールを守れ」と批判された中国の王冠中・副総参謀長は、なりふり構わず以下のように開き直った。

 「中国は武力でいかなる国を威嚇したこともない。他国が『積極的平和主義』を旗印に私利のため騒ぎを起こすことは、絶対に受け入れることはできない」

 威嚇などやったことはないし、とりわけ日本の対中批判など中国は絶対に受け入れることはない、と開き直ったのである。

 これに対し、ベトナムのグエン・チー・ビン国務次官は「中国が違法行為をしかけたことは明らかだ」とし、またイーライ・ラトナー新アメリカ安全保障センター上級研究員は、「実態とかけ離れた発言。中国が最初に挑発的な行動を取ったことが一度もないという主張を信じる国はない」とコメントした。まさにこれほど中国の「異形性」を際立たせる言葉もまたない、というべきではないか。

 最近はこうした中国の現実に、かつてのナチスの姿を思い出すべきだと指摘する政治家も多い。南シナ海での中国の動きに対し、フィリピンのアキノ大統領はこう述べた。

 「思い出してほしい。かつてヒトラーを宥めようとしてズデーデンラントが与えられたことを」

 これはいうまでもなく、「ミュンヘン会談」におけるヒトラーへの「宥和政策」の誤りを指摘しつつ、「再度の過ち」が繰り返されてはならないとする国際社会への注意喚起に他ならない。チェコスロバキアでの「宥和」がヒトラーに力を与え、ついでポーランド侵略の野望につなげてしまった、とアキノ大統領は指摘したのだ。

 中国の「横暴なルール」に、今こそ世界は「ノー」というべきではないか。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈ChannelAJERプレミアムメールマガジン平成26年6月6日付〉