求めたい「もう一つの成長戦略」

 政府が月内に打ち出す「成長戦略」に対する報道が相次いでいる。1年前の発表の際には株価が下がるという悪夢に見舞われたこの「成長戦略」だが、今回は市場が期待する法人税減税や「岩盤規制」と呼ばれる主要な規制に明確な風穴を開けたことから、今のところはおおむね好意的な反応となっている。この好反応がいつまで続くかはわからないものの、ひとまず安倍政権としては当面の課題を一つクリアした、という心境だろう。

 しかし、番組でも述べたように、政府がこのような「戦略」を打ち出さざるを得ない背景は理解するものの、筆者としてはこんなもので日本経済全体の成長が果たして可能となるか、正直いって疑問をもつ。具体的な効果がないとはいわないものの、その効果はあくまでも部分的なもの、国民の一部を対象としたもの、に留まるのではなかろうか。

 というのも、打ち出されていることの一つ一つは、国民の一部階層――要は大企業や一部富裕層――の要求に応えるものではあっても、多数国民が心の中から願う日本経済への要求のようには思えないからである。たしかに「稼ぐ力」をもつ者にもっと稼ぐチャンスを与える、というのは一つの考え方ではある。しかし、それにより日本経済全体、国民全体にその経済的な効果が及ぶ、などという好展開はあり得ないのだ。

 今日の企業は、ひと昔前の企業とは異なる。ひと昔前は、企業の成長は確実にその企業の地元を潤し、ひいては国民全体の繁栄に寄与した。しかし、今日、そのような「国民的企業」が多くあるようには思えない。むしろ、徹底した合理化路線を貫き、大資本の威力をもって地元の中小企業をなぎ倒し、万事コスト削減で安売り競争にしのぎを削り、挙げ句の果てはその地元から吸い上げた利益をもって海外進出を図る、というのが行動パターンのように思うからだ。何のことはない。地元はむしろ搾取の対象なのだ。

 その意味で、むしろ筆者は逆のことを考える。要はこの「成長戦略」は現在のグローバリゼーションの流れの中で、どうやってその流れに乗っていくか、という問題意識に出発点をもつものだと考えるが、むしろ政府が注力すべきは、その流れがもたらした「負の影響」からいかに国民経済を防衛していくか、という逆のことだと思うからだ。

  疲弊する地方経済、低迷する中小企業、勝ち組になれない若者……等々、これらが現在直面する問題の多くは、実はこのグローバリゼーションの流れの「負の影響」からくるものだと筆者は考える。しかし、こうしたもう一つの部分に機会や力を与えることなく、一体どうやって日本経済全体を成長させていくことなどできるのだろうか。

  こういういい方をすると、いかにも後ろ向きのように思われるかも知れないが、政府が打ち出す「成長戦略」に最も違和感を感ずるのがこの点である。つまり、筆者はこの「成長戦略」そのものを否定するのではないが、これはあくまでも日本経済の一部を対象とした戦略であり、これと同時に、以上に指摘したような、もう一つの部分を対象にした「成長戦略」なるものが必要ではないか、といいたいのだ。

  最近、人口減少対策として、20代の若者の結婚・出産動向の改善、東京から地方への人口移動――といった政策テーマが打ち出されている。しかし、この問題一つとっても、この「成長戦略」と齟齬する部分が多いことは否めない。詳細は省くが、そのためには若者にはもっと経済的・生活的余裕をもてるようにすることが必要だし、経済の東京集中にストップをかけ、経済的機会を地方に分散させていく政策が必要なのである。

 しかし、そのような発想はこの「成長戦略」には見られない。とすれば、こんな部分に視点を据えたもう一つの「成長戦略」が必要なのではないか。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈ChannelAJERプレミアムメールマガジン平成26年6月18日付〉