「絶対の権威」の終わりの始まり

 朝日新聞への批判が止まらないが、先日十五日に産経新聞に掲載された佐伯啓思氏の指摘には「まさにそうだ」との思いを禁じ得なかった。朝日新聞とは、占領軍がかつて日本に強制した戦後民主主義の価値観を体現した新聞に他ならない、と氏は指摘するのだ。

 むろん、指摘されて初めて気がついたというわけではない。しかし、やはり朝日新聞への批判はこうした根本的な点から掘り下げられてこそ、本当に論じられるべき真の問題点がよく見えてくる、と改めて思わされた。とはいえ、筆者はもう一歩進んで考えてみたい。朝日新聞はむしろ占領軍のかかる政策を代行する機関だったのではないか、と。

 というのも、そのように考えてみると、占領政策のベースとなったポツダム宣言の規定や初期対日方針の規定というものが、今なお朝日新聞の基本方針でもあるかのごとく見えてくるからだ。

 例えば、ポツダム宣言第六項には「日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス」とある。「世界征服」は問題外としても、これなどは朝日新聞の「社是」ではないか、とすら思う。

 また、初期対日方針には、「軍国主義者ノ権力ト軍国主義ノ影響力ハ日本国ノ政治生活、経済生活及社会生活ヨリ一掃セラルベシ」とか、「軍国主義及侵略ノ精神ヲ表示スル制度ハ強力ニ抑圧セラルベシ」とか、「日本国国民ニ対シテハ其ノ現在及将来ノ苦境招来ニ関シ陸海軍指導者及其ノ協力者ガ為シタル役割ヲ徹底的ニ知ラシムル為一切ノ努力ガ為サルベシ」との言葉があるが、これはまさに朝日が報道のモットーとし、また追求してきたことそのものだったのではないか、とも思うのだ。

 占領政策は占領終了とともに終わったが、朝日新聞はまさにその占領政策継続の担い手だった、ともいってよい。独立によって日本はこの占領政策を骨抜きにすることはないか、また軍国主義を復活させ、戦前に回帰するようなことはないか、それを監視するとともに、占領後もこの占領政策の基本が変わらず機能し続けるよう、その趣旨の徹底に努めたのだ。

 そう考えると、朝日新聞がとりわけ政治家たちの発言を折に触れ問題化し、「思想警察」のような役割を果たしてきた事情も見えてくる。これは占領軍が行った検閲が形を変えたようなもので、その点から考えると当時の検閲指針のようなものも、決して死んだのではないとも思えてくる。この指針が禁じたのは、「戦争擁護の宣伝」「極東軍事裁判の批判」「ナショナリズムの宣伝」「戦争犯罪人の正当化及び擁護」……等々といったものだが、この項目の一つひとつに、かかる政治家たちの発言問題を重ね合わせれば、まさに占領後もこの指針が形を変えて厳然と生き続けてきたことがわかる。

 もちろん、過去の否定が全て間違いだったというのではない。しかし、朝日新聞はいつもこの検閲指針のようなものを「葵の御紋」のごとく振りかざし、「これが見えぬか」と糾弾し、その責任を追及し、実際に反対者を葬り去ってきたのである。まさに彼らが「絶対の権威」を体現し、それに反し背く者は「社会の敵」でもあるかのごとく振る舞ってきたのだ。

  そこで問うべきは、その「絶対の権威」を振りかざしてきた姿勢ではないか。それは最初から論証する必要のないアプリオリの正義で、それを掲げてさえいれば、常に論壇の支配的地位が保証されたのだ。その奢りが朝日新聞の報道を暴走させ、腐らせたのであり、これが今回の虚報問題を生ぜしめた元凶だったのではないか。

  その朝日新聞がついに非を認めた。それはこの「絶対の権威」の終わりの始まりでもあろう。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成26年10月号〉