暗黙の社是

 朝日新聞の慰安婦問題「虚偽」報道に対する批判が収まらない。それはそうだろう。朝日の社長は誤報と訂正が遅くなったことについて謝っただけで、何やら悪いのはウソの証言をした吉田清治であり、朝日新聞は彼にだまされた被害者だと言わんばかりの物言いだったからだ。こんな朝日新聞の責任転嫁と言い逃れを聞いていて、いくつか思い出したことがある。

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 一つは、昭和五十九年に起こった「これが日本軍の毒ガス作戦だ」という朝日記事を巡る騒動である。中国での日本軍による毒ガス作戦の様子だとして、もうもうたる煙があがる写真が朝日に提供され、朝日は左翼学者のコメントとともに、これが毒ガス作戦の映像だという記事を掲載した。これに対して産経新聞が、毎日新聞カメラマンが撮影した同一の写真を入手し、そこには日時や場所と「煙幕を展開」と明記されていることから毒ガスではなく煙幕だと反論。当時の作戦参加者からの証言なども多数よせられ、完全な誤報だと断定された。

 このとき朝日新聞はどう対応したか。写真提供者の勘違いだとしただけで、「(写真提供者の)証言だけでなく、学者らに鑑定してもらった結果も載せており、記事の構成に手落ちはなかったと考えている。従って縮刷版からは削除しない。写真が毒ガスでなく煙幕だったかどうかは現段階では断定できない」と書いた。写真提供者に責任転嫁し、しかも事実は断定できないと言うのである。

 記事掲載にあたっての裏付け取材はなく、虚偽を指摘されても責任転嫁、それでいて虚偽は「断定できない」。吉田清治証言は今回取り消したが、平成九年に検証した際には「真偽は確認できない」としていたのだから(同年三月三十一日)、吉田証言「虚偽報道」とうり二つの構造と言える。朝日の責任転嫁や言い逃れは今に始まったことではないということである。

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 もう一つは本多勝一記者の「中国の旅」(昭和四十六年)である。南京大虐殺をはじめ、日本軍が中国人を「殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす」という三光作戦、満州の炭坑や鉱山などで中国人を何十万人も殺して埋めたという「万人坑」等々を大々的に取り上げた連載記事である。そこで掲げられた「日本軍の悪逆非道」は内容は単行本にまとめられ、一時期、何社かの歴史教科書の指導書などにはその「悪逆非道」ぶりが事実として紹介された。

 むろん、事実ではないとの抗議の声があがったが、本多記者は中国の言い分を「代弁しただけ」で、「抗議するのであれば、中国に直接やってほしい」と言ってのけた(括弧内の引用は『間違いだらけの新聞報道』による)。その一方、日本側からの資料提供は歓迎とは言っていたが、朝日がそうした抗議や反論を紹介したことは一度もない。

 この他にも、昭和五十七年の教科書誤報事件、都城二十三連隊の元兵士が提供した日記と写真を「(南京大虐殺の)事実を物語る歴史的資料」と報じた事件(昭和五十九年。後に写真は虚偽だと判明、日記も存在自体が疑わしいとされている)、昭和六十三年の日本軍によるマレー虐殺報道(中島みち著『日中戦争いまだ終わらず』で、実は英軍による戦後の共産ゲリラの掃討だと判明)など、歴史認識問題で謝罪したなどということは聞いたことがない。

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 こうして見ると、過去から今日の慰安婦問題の報道に至るまで、朝日新聞の報道には「日本は悪」「日本軍は悪」という大前提があるとしか思えない。それは「暗黙の社是」とも言えるのではあるまいか。その「暗黙の社是」に沿った記事であれば、事実検証や裏付け取材なしでも掲載してきたということではあるまいか。むろん、反論などは紹介されない。そうでなければ、各紙のソウル特派員がそろってウソだと言っていた(前川惠司・元朝日新聞ソウル特派員)、吉田清治証言を堂々と十六回も記事にできるはずがなかろう。

 犯罪でも初犯であれば、情状酌量の余地もあろうが、朝日新聞の近現代史に関わる報道には、これだけのいわば「前科」があると言える。ならば、今回の虚偽報道に対する追及においては、その「暗黙の社是」を問題にしなければ、また同じ「虚偽」報道が繰り返されることになろう。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成26年10月号〉