地方創生のキーポイント

 「無いものねだり」より「有るもの探し」――。

 最近話題の地方創生に関し、色々な所の成功事例、あるいは意欲的な取り組みの事例を調べつつ、こんな方程式が成り立つのでは、と考えたりする。自分の地域にないものを問題にし、それを東京圏などからもってくることを考えるより、自分の地域に今あるものの中から、自らの地域を蘇らせる題材を見出す、といった取り組みである。

 筆者は番組の中で岡山県真庭市における取り組みを紹介させていただいたが、むろん事例はこれだけではない。自分は専門家ではないので全て現地で取材して書いているわけではないが、例えば北海道の下川町だとか岩手県の葛巻町なども、そんな取り組みのケースではないかと思う。企業誘致だとか公共事業だとかに頼るのではなく、むしろ自分の町に無限にある森林や、高原の環境といったものを最大限に生かそうとするやり方だ。

 もちろん、こんなことをいえば、「そんなことはわかっているよ」と、関係者からは「フン」といった感じの反応が返ってくるに違いない。しかし、筆者が地方議員などと話した感じでは、やはりまだまだこうした意識が徹底されているようには思えないのだ。

 そんな中で、筆者は二年ほど前、漁港で知られたある町のJC会頭を務めた水産会社の青年社長にインタビューする機会があった。そこでこんな話を聞いたのである。

 有数の漁港の町でありながら、調べてみるとその町の小学校の給食には、その漁港で揚がった魚が全く使われていなかったという。「それはおかしい」ということで、なぜそうなっているのかを、学校や教育委員会に問い合わせたりして調べたりしたらしい。その結果、給食というものの背景には巨大な食品業界や給食業界とのつながりが存在しており、単なる食材調達どころか、栄養士の研修から毎日の献立の作成に至るまで、そのネットワークが影響を及ぼし、結果的に地元産の食材ではなく、海外や他地域からの食材が使われるような仕組みになっていた、ということだったのである。

 そんな中で、その青年社長たちは粘り強い活動の結果、ついに教育委員会を動かし、給食に地元の港で揚がった魚を使うように改めることに成功したという。しかし、それには大変な努力が必要だったというのだ。そんなことは当然のことだと思われることが、実はそんなに簡単でもないし、当然でもなかった、ということでもある。

 筆者がここで指摘したいのはまさにこのことで、米の生産地でありながら、まだまだ完全米飯給食を実現できていない町、林業の町でありながら、相変わらず学校や町役場をコンクリートでしか建てようとしない町、あるいはそこでの暖房を石油に頼ることに未だに問題意識を感じていない町……等々、自分の地域の中で消費し、再投資に回していくべき貴重なお金を、何の問題意識もなく、簡単に外部に流出させてしまっている例が実に多いということだ。こんな安易な意識で、本当に地方創生などできるのだろうか。

 それと同時に、素人感覚でもう一点いわせてもらえば、やはり「景観」というものにもう少しこだわるべきではないか、ということである。東京になくて地方にあるものは、美しい自然の景観であろう。しかし、これが意外と意識されていない。むしろそれを無神経に台無しにするような建造物や、様々な設置物が多いのだ。たかが景観というかも知れないが、やっぱりこれをいい加減にしてよそから人を呼び込むといっても、それは空しい。やはり自分の町がもつ魅力を最大限に生かすよう、まずそこに努力を集中してみることが地方創生への道となるのではなかろうか。――そんなことを考えつつ、日本全国の町々が元気になっていくことを願う今日この頃だといえる。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈ChannelAJERプレミアムメールマガジン平成26年11月6日付〉