「大義なきマスコミ報道」で結局誰が困るのか

「大義なきマスコミ報道」で結局誰が困るのか

どう転んでも「安倍批判」というマスコミの通弊


 

 総選挙が告示された。投票日までは報道は選挙一色となるのだろうが、何が問われるべきなのか、どこが選挙の真の見どころなのか、各紙としては見識を示してもらいたい。

 そこで、本稿ではこの選挙に関わる報道について書かせていただく。

 まず第一は、新聞各紙の「ご都合主義」についてである。

 朝日を始めとする安倍政権に対する批判色の強い各紙は当初、今回の解散を「大義なき解散」という論調で論じた。むろん、このこと自体に別段問題はないが、ならば今回、安倍首相が解散をすることなしに、ただ「再増税延期」だけを決めていたら、これらの各紙はどう論評したか、ということである。ここは「恐らく」という話になるが、逆に「国民の信を問うべきだ」という話になっていたに違いない。つまり、解散をすれば「大義なき」という話になり、しなければ「信を問え」という話になったということだ。どちらに転んでも「安倍批判」という話であり、どうもこれが筆者にはマスコミの通弊のような気がしてならない、という話なのである。

 第二は、アベノミクス批判と「増税」是非の問題だ。安倍首相が消費税再増税の延期を発表した11月18日、この日の朝日社説の見出しは「『誤算』と向き合え」、毎日社説は「景気とアベノミクス/首相戦略の誤算と限界」であった。つまり、安倍首相の「誤算」が消費税再増税を不可能とする状況を作り出した、としたのである。

 確かに、今回再増税できなかった原因が、4月の8%への消費税増税にあったことは間違いない。これほど経済が冷え込むことはあるまい、と増税の影響を首相も一時、過小評価していたことは事実だからだ。その意味で、安倍首相には「誤算」があったともいえる。しかし、ならばその4月の増税の際、朝日、毎日自身はこの増税をどう論じていたか、ということなのだ。筆者の記憶に間違いがなければ、両紙はたしか増税を主張していたはずだ。とすれば、「誤算」は自らにもあった、という話なのではないか。そのことを棚に上げて「『誤算』と向き合え」というのでは、少々話が違うのではないか。

 最後にもう一点指摘すれば、アベノミクス批判は結構だが、ならば各紙にはそれに代わる代案があるのか、ということだ。これは皮肉ではなく、筆者もそれがあるのなら是非教えてほしい、と真剣に思ってさえいるからだ。このデフレからの脱却なくして、この日本の将来もまたない。とすれば、誰のものであれ、正解がほしいからだ。

 しかし、各紙の主張を見る限り、要はアベノミクスの「3本の矢」に代わるような代案のようなものは見当たらない。いい方はともあれ、所詮何だかんだと注文を付けてはいても、要は「アベノミクスしかない」ということでは、実は一致しているというのが現実だからだ。とすれば、どうしてそれを素直に認めないのか、という話になる。

 確かに、新聞各紙が雁首そろえて「翼賛新聞」になるとすれば、それは問題だろう。しかし、デフレからの脱却は国家挙げての課題である。とすれば、ただアベノミクスを批判するだけでなくもっと建設的な批判や提言、という形があってもいいのではないか。

 安倍政権がやっていることとなると、すぐ新聞は「失敗」だの「破綻」だのという一方的な話にしようとする。しかし、実は実際にそうなって困るのは国民なのである。そう考えれば、新聞も野党と同じように批判一辺倒だけでなく、もっとこの日本のために、現実的で建設的な提案者の役割を果たす必要があると思うのだ。素人的な主張と笑われるかも知れないが、それが筆者の率直な思いでもある。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈ChannelAJERプレミアムメールマガジン平成26年12月3日付〉