戦後七十年談話・時計の針を巻き戻すな

 先日十九日、安倍首相が今夏に発表する戦後七十年談話に関する有識者会議メンバーが公表された。就任された各位には既成の観念や世評に囚われない自由な議論で、世界に発信すべき日本の哲学やビジョンの提案を望みたい。

  一方、メディアの方は「七十年談話といえば村山談話」とする条件反射から、今なお一歩も出られないでいる。戦後七十年経って、どうして今なお「痛切な反省」「心からのお詫び」なのか。これほど絵に描いたような思考停止もないと思われるのだが、本人たちはこれこそが良心派の証だとでも思っているようで、これを疑ってみる発想自体がないらしい。ならばこれから未来永劫、反省を続けるとでもいうのだろうか。

  むろん、七十年談話は国際社会に向けたメッセージでもある。国際社会がこれをどう受け止めるか、という受け手側からの視点を欠いた自己満足的な発信はむしろ逆効果でもある。とはいえ、その点に充分に配慮し、計算し尽くした国際社会への問題提起なら、決して誤解を呼ぶとのみ決めつける必要はないのではなかろうか。

 というのも、戦後七十年経っての談話というなら、むしろ過去への反省というより、その過去を日本が世界の国々とともにどう乗り越えてきたか、という論点が本来のテーマとなるべきだと考えるからだ。いかに戦争が終わったとはいえ、勝者がその立場から敗者の懲罰だけに固執し、その反対に敗者が勝者への復讐の思いだけを募らせるならば、平和はいつになっても実現しない。むしろ再度の戦争に向けた心理土壌を醸成するだけだろう。平和のためには逆にどこかで、この戦争に関わる憎悪の応酬を超える必要があるのだ。

 この点、何よりも説くべきはサンフランシスコ講和条約の意義である。これをダレス米国代表は「和解と信頼の講和」と述べたが、この「和解と信頼」こそが、その後の国際社会のベースとなってきたものであるからだ。この講和をかつてのベルサイユ条約のように「復讐と懲罰の講和」にする道もあり得た。しかし、米国を中心とする連合国は賢明にもこれを回避し、一方、国家としてのディグニティーを損なわない講和を、と求め続けた吉田茂首相は、この講和を「欣然」と受け入れた。そして、その上でこの条約を重んじ、以後の平和で自由な国家の歩みを誠実に実現してきたのである。

  もちろん、この講和に加わらなかった中韓、そしてソ連もまた後に、これとベースを同じくする日本との戦後処理を実現した。日中共同声明は「日本国と中華人民共和国との間のこれまでの不正常な状態は……終了する」と述べたし、日ソ共同宣言は「日本国とソヴィエト……との間の戦争状態は……終了し、両国の間に平和及び友好善隣関係が回復される」とした。また、日本と韓国の間には日韓基本条約が締結された。つまり、戦争に関わる「過去」の「克服」が明確に確認されたのだ。

  にもかかわらず、戦後七十年になってもう一度「過去」への反省だという。ならばこれらの「過去克服」の取り決めと、これまでの歩みは何だったのだろうか。それどころか、中国はまさにこれを期して「抗日戦勝記念式典」の開催であり、軍事パレードであり、それは日本を「震え上がらせるため」なのだという。まさに時計の針を逆戻しにする話という他ない。とすれば、その主張にすり寄り、仮に「痛切な反省」や「心からのお詫び」を述べたとして、一体それが何になるのだろうか。

  日本の主張は、国際社会の誤解を呼ぶようなものであってはならない。しかし、だからといって訴えるべきを訴えない姑息な反応も本末転倒だ。過去といえば反省、という固定観念に囚われぬ、見識ある議論が必要ではないか。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成27年3月号〉