南シナ海の今は明日の東シナ海

 南シナ海のスプラトリー諸島で中国が岩礁を砂で埋め立て、埠頭や滑走路を作っていることが大問題となっている。この埠頭に海軍艦艇を配備すれば、南シナ海のシーレーン(海上交通路)を制することができる。滑走路に戦闘機を配備すれば、勝手な防空識別圏を設定し、南シナ海の空域全体を支配することもできる。岩礁に作られた「浮沈空母」である。

 こんな施設が完成すれば、南シナ海は「中国の海」、その上空は「中国の空」となってしまう。まさに「砂で万里の長城を作っている」(米大平洋艦隊司令官)と言える。

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 中国はこのスプラトリー諸島もベトナムに近いパラセル諸島も、すべて中国の領土だと主張している。しかし、中国はただ「古来より」「争う余地なく」と言うばかりで、根拠となる史料はまったく示していない。

 一方、中国のものではないという証拠ならいくつもある。国際法上の詳細な議論は別として、毎日新聞のコラム「木語」(金子秀敏客員編集委員)が紹介しているビル・ヘイトンという元BBC記者の指摘がわかりやすい。

 それによると、中国はそれぞれの島や岩礁に名前を付けているが、もともと十九世紀半ばに英国海軍が命名した名称である。一九三五年頃、当時の中華民国が地図を作った際に英語の島名を中国語に訳し、現在の中国も基本的にそれを踏襲している。そのなかにパラセル諸島(中国名で西沙諸島)の「金銀島」という島がある。英語の「マネー・アイランド」を漢訳したのだが、完全な誤訳だとヘイトン氏は指摘する。というのも、マネーは金銀(お金)ではなく、東インド会社のウィリアム・マネーという人物の名前だからである。ひどい誤訳だが、中国が「金銀島」を今も使っているために、もとは英語だったという痕跡が残ってしまったのである。

 他にも、米国大統領に由来する「林肯島」、元米国軍艦(中華民国に払い下げられた)の名称からとった「中業島」など、とても「古来から」中国領であれば、あり得ない名称がいくつもあると、このコラムは指摘している。

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 そのお粗末さには笑ってしまうが、そんなことはお構いなしに、南シナ海は「核心的利益」であるとして「力」で押し切るのが中国である。

 フィリピンやベトナムが猛然と抗議しても、中国は歯牙にもかけない。去年五月、ベトナムに対しては「中国はグローバルな舞台に立つ大国だ。小国が勝手に中国の権利を侵害するなら、この舞台に立ち続けることはできない」(人民日報系の「環球時報」)と言い、今年の五月には「中国は小国いじめはしない。だが、小国側も理由なく騒ぎ立てるべきではない。ただちに挑発は止めることを求める」(外交部報道官)とフィリピンを批判した。

 「中国は大国であり、小国が文句を言うな」というのである。南シナ海には既に国際法も国際秩序もないと言うべきだろう。

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 フィリピンのアキノ大統領は、こうした中国の横暴をナチス・ドイツにたとえて批判している。確かに習近平が唱える「中華民族の復興」はヒトラーが唱えた「大ドイツの復興」であり、南シナ海などを中国の「核心的利益」とすることはヒトラーの「東方生存圏」の主張と軌を一にしている。

 しかし、そうした中国の危険性をどれほど日本人が認識しているだろうか。国会では「国家の存立」がかかる事態であっても集団的自衛権の限定的な行使は憲法上許されないなどという能天気な議論が行われている。心許ない限りである。

 中国軍事研究の第一人者である平松茂雄氏は、二十数年前から「南シナ海で起こったことは必ず東シナ海でも起こる」と警告してきた。南シナ海の今は明日の東シナ海の姿である。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成27年7月号〉