吾づくりの人間学

吾づくりの人間学

著者:村山實

定価:800 円+税

 

混迷する現代において人はついつい世情に流されがちだが、そのような世の中になればなるほど自己を確立し、自己を失わないように主体性を持って生きなければならない。そのためには、人間本来の尊さにめざめ、志を高くもち、日々心身の修学、すなわち「吾づくり」を実践することが必要不可欠だ。

日本政策研究センターの月刊誌『明日への選択』に、5年余りにわたって連載され好評を博した「吾づくりの人間学」(全62回)より、38回分を精選編集。経営者やビジネスマンにおすすめしたい一冊。(新書判160頁)

 

 

『吾づくりの人間学』著者・村山實氏に聞く

「靖献の志」をもって生きよう

日本政策研究センターの月刊誌『明日への選択』に五年余りにわたって連載された「吾づくりの人間学」がこのほど、同名の新書として出版された。著者の村山實氏(日本心身修学協会会長)に、そもそも「吾づくり」とはいかなることなのか、また「吾づくり」にあたって日々心掛けるべきことについて話を聞いた(文責・『明日への選択』編集部)。

 

◆「吾づくり」とは?

村山 私ども日本心身修学協会の道場には三歳の子供から八十歳前後のお年寄りまで非常に幅の広い層の方達が毎日、合氣道はじめ武道の稽古に来ております。武道というと日常生活と掛け離れた世界だという風に捉えられがちですが、私はそれをいかに生活実態というものとジョイントしていくか、人生そのものとジョイントしていくか、こういうことが大切なのだということを常にお話させていただいております。

私どもの提唱する武道は、あくまでも人間というものを土台にしていく。この世界は生きとし生けるものが無数に存在するけれども、その中で宇宙本体そのものから分派を受けているのは人間だけだと。「万物の霊長」とも言われますが、人間は宇宙の意志、心、精神を受け、それを駆使して非常に高いレベルの生命活動をしている。今日そんなこと言ったら「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ」と言われるかもしれないけれども、しかし、そういう自覚を持って人生を送る者と、世俗の価値観だけに接して生きる者とでは、自ずと大きな差が出てくると思うのです。

本来、人間の中には尊いもの、偉大なるものが宿っているのですから、やはりそれを自分自身で知り、把握していかなければいけない。またそのような人間の本質を知れば、現実の自分の恥ずかしい姿というものも見えてくる。その対比の中から人間は進歩し向上して行くのです。「吾づくり」とはこれに尽きるのではないかと思うんですね。

―― 「吾づくりの人間学」という題名も、そうした認識から付けられたものということですね。

村山 もちろんそうです。ただ、この「吾づくり」というのは、もともとは私が尊敬する渡邉五郎三郎先生がずっと提唱されてきたことでもあるのです。

渡邉五郎三郎先生は安岡正篤先生の高弟で、戦後間もなく末次一郎先生らと日本健青会を結成し祖国再建運動に尽力されてきた方です。また長年政治家の秘書として、現実政治の中で人間の在り方、指導者や補佐役の在り方というものを追究された方でもあります。

幸い私は渡邉先生の薫陶をうける機会に恵まれ、常々そのお人柄や学問の深さ、また実践力というものに打たれ、心から尊敬しておりますが、その先生が一番強調されてきたのは、日本を立て直すには国をつくるということが大事だけれども、それには人づくりだ。しかし、人をつくる前に「吾」というものを見直していかなければいけない、と。そこで、お話をいただいた時に、渡邉先生にあやかって、「吾づくりの人間学」で行こうと決めたわけですね。

 

◆日々、心身の修学を

―― それにしても、連載いただいた五年二カ月の間には色々なことがありました。政権交代もあり、社会一般では親が子を殺し子が親を殺すなどかつては考えられなかったような事件も続出しました。その中にあって先生はどのようなお気持ちで執筆されていましたか。

村山 なぜ世の中がこんなに乱れるのか、なぜ人々が幸せになれないのか。しかも、テレビを見ていると、コメンテーターはどうでもいいようなことしか言わない。「吾づくり」を唱える者が何たることかと思いつつも、あまりのことに憤りを押さえきれず、血圧が上がることも多かったですよ(笑い)。

しかし、いくら世間を批判したところで、この世の中で生きていかねばならない。平静に戻って考えてみると、これほど尋常ならざる事件が次々と起こるのは、みんな他人を見ていて自分を見ていないからです。本来の自分が尊い存在であるということを知らないから、簡単に自分を裏切り、見限り、見捨てる。そして、人に裏切られると大騒ぎし、あるいは訴訟を起こすというふうに、世の中に乱を起こすわけです。

多くの人はそうした世情に流されて自己を見失っているわけですが、そのような世の中になればなるほど、自己を確立し、自己を失わないように主体性を持って生きなければならない。そのためには心身の修学が必要なのです。

―― 心身の修学。

村山 天から与えられた命というのは心と体ですから、心と体の両方を正しく修めるということです。それがなければ何を載せたって土台無理ですよ、と。

それは別に難しいことではありません。私どもの道場では、「十誓」といって、天地自然、先祖、家族、父母、朋友、実践躬行、健康、日本の国や日本人の誇りを大切にするという内容の文章を稽古の前に必ず朗唱しているのですが、子供でもこれを繰り返し唱えているうちに本当にしっかりしてくる。それと同様に、連載で紹介させていただいたような古典や先哲の言葉に日々参究するということ、あるいは一日に一度は静座をして自己と向き合ったり、掃除をして心を清めるといったことを通じて「吾づくり」を心掛ける。これが即ち心身の修学になるのです。

例えば、掃除なんて当たり前のことだと思われがちですが、これは突き詰めて行くと日本民族の精神そのものです。掃除の「掃」は、「箒(ほうき)ではく、はき清める」あるいは「はらい清める」という意味ですから、神道の「御祓い」(おはらい)と同じで、掃除をすることによって心が清まってくる。そして、人間は清まってくれば、鳥が来れば鳥が心に映り、月がくれば月が映るというように、本来の姿が映るようになる。

われわれ日本人は古来、「明き、清き、直き、正しき」心といって、光明を求め、清浄を愛し、万物を素直に受け容れ、正直に生きるよう毎日不断の努力を惜しまぬ民族でした。その心は今は失われてしまったかのように見えるけれども、われわれの中には日本人の祖先が持っていた民族のDNAがある。それは心が清まってくれば表に出てくるわけですね。清潔であるということは、人間の徳性中の徳性です。人間が人間らしくあるためには、何より身の回りの整理整頓をし、清潔、清浄を心掛けること。これもまた「吾づくり」において大切なことだと思います。

 

◆最も尊い生き方とは

村山 そもそもわれわれが日々何のために学び、何のために働き、何のために生きるのかといえば、まずは「自ら靖んずる」、つまり自己の内面的充足を得るためです。

しかし、「自ら靖んずる」ことができれば、今度は「自ら献ずる」、つまり各人がそれぞれ置かれた場において、自分以外の何かしらのお役に立つ、世のため人のために尽くす。これがやはり人間として最も尊い生き方だと思います。

そして一人でも多くの人がそうした志――これを「靖献の志」と言います――を持って生きるようになれば、安岡正篤先生が「一燈照隅、万燈照国」と言われたように、この国は明るくなります。自分という個は、全体と懸け離れたものではなく、本来一体のものであるからです。

ジグソーパズルは完成すると一つの絵になるけれども、一つ欠けるだけでも絵は完成しない。その一つが自分です。自分という一個の存在は全体を構成する有意義な存在であり、だからこそ粗末にしてはいけない。ですから、あなたの素晴らしさ、あなたの偉大さ、あなたの尊さ、これを自覚し、磨いて行ってください。これが「吾づくり」の根本であります。〈『明日への選択』平成22年10月号〉

 

【本書の一部】より

仕事の誇り

・事業 徳業 道業 天業

日本人に戦後失われてしまった美徳のひとつに「誇り」というものがある。それは人間の生き方においても、あるいは仕事においてもまた忘れられてしまったものだ。

仕事というものは四つの内的価値観がある。

一つは人間の欲望や才能からする仕事で、食うがため、養うがため、好きなことをするためにやる仕事。これを「事業」という。もちろんこれは大事な現実的仕事であり、これを無視しては、ただ単なる観念論に陥ってしまう。

その事業という現実的なものに、その人の人間内容がにじみ出てくるようになると「徳業」となる。昔は仕事とその人の人間性が一致していた。銀行員なら「堅実な人だ」、警察官なら「信頼ができる」、公務員なら「真面目な人だ」と、職業イコール人柄をあらわすものだったが、いまはただ自分の欲望を満たすための手段としてしか、仕事に対する認識が及んでいない。

だが更に自分の職業を通じて自己を練り上げる人は、それが人間の真理に結びつくようになる。これが三つ目の「道業」である。

「職業に貴賤なし」といわれるが、なるほどどのような職業であれ、それによって人間が社会生活を営むという点において貴賤はない。しかし極端な話だが、生きていくため、家族を養うために仕方がないからといって、泥棒や殺人を仕事にしているとなれば、これは貴い仕事とはいえまい。

貴い仕事とは、それを通じて世のため、人のため、国家、社会、天地のために役立つ功績を果たすものをいう。逆にそれを損ない、個人の私利私欲のためにする職業であれば、それがいくら儲かる商売であっても賤しい仕事であるといわざるを得ない。

仕事は「為事」である。人間として為すべき事を為事というのである。自分個人だけでなく、自分以外の他に尽くして役立つことを為すとき、人間は仕事にやり甲斐を感じ、職業に誇りを持つのである。ここまでくると仕事は「天業」となる。

ある物理学者と守衛との話がある。

物理学の実験というものは、一度始めたら途中でなかなか手を離せない。大学の研究室にこもって実験していると、いつの間にか夜遅くなってしまう。博士が実験を終えて帰ろうとするときには門が閉まっているから、仕方なく守衛を起こして「すみませんが、門をあけてください」と願う。守衛の方も博士が勉強家であることは知っているから、何度かは起きて門を開けていた。

しかしこれが度重なるにつれ、守衛仲間で問題になった。結局、博士一人のことでもあり、あの方なら間違いはなかろうから、門を開けなくても垣根を越えて黙って外へ出てもらえば良いということで意見が一致した。

そこで守衛の一人が博士にそのことを話しに行くと、「皆さんにご苦労をかけてすみません。でも私の実験はどうしても遅くまで時間がかかる。さりとてお話のように塀を乗り越えて出入りすることはしたことがない。犬や猫ではないので、門があればやはり門から出入りしたい。塀を乗り越えることだけは勘弁してほしい。すみませんね」と頭を下げながら言った。

これを聞いた守衛も「これは私たちの方が悪かった。博士は研究するのが仕事、私たちは門を開け閉てするのが仕事だ。よくわかりました」と大いに反省したという。博士も守衛も自分の職業に誇りを持っている姿である。

 

【目 次】

朝の意義/日本人の精神支柱/剣の教えに学ぶ/両忘と三不忘/海軍の五省/素行自得/知行合一/橋本左内の自戒/「幸福」とは/三福の工夫/間合い/間違った努力/思考の三原則/静座の効用/姿勢の乱れと立腰/仕事の誇り/やり抜く・やり通す/簡単だが難しいこと/武士の恥/袴の意義/掃除の五徳/心・志・志操/人生の中墨/心の処方箋/生涯学生/朋友とは/道は近きにあり/猫は猫/「型」から「形」へ/何から始めるか/返事の基本/私から公へ/感謝のこころ/自分/道徳三字経/人生五計/靖献の志/「と与に」の精神

 

【著者紹介】

村山 實(日本心身修学協会会長)
昭和16年、東京生まれ。若年より人間学、特に陽明学に傾倒し、人生の指針を得る。心身統一道・心身統一合氣道はじめ様々な武道の修養・指導を経て、平成4年、日本心身修学協会を設立。心身活氣療法、プラスの広場、心身修学道、実心館合氣道、剣道などの各部門を確立。現在、日本心身修学協会会長として、徳性開発の重要性を提唱し、全国各地で講演、研修指導にあたる。『徳性の開発』『修学誦句集』『指導者の姿勢』など著書多数。

ご注文はこちら