地方創生・視察報告 漁業再生へIQ導入―佐渡・赤泊

地方創生・視察報告

漁業再生へIQ導入―佐渡・赤泊

〈『明日への選択』平成27年4月号掲載〉

 

 「地方創生」が内閣の重要課題として国家的に推進され始めた。国民の過半数は都市部に住んでいるため、地方の問題は実感を伴って捉えるのがなかなか難しいが、地域経済を支える主要産業といえばやはり農業や漁業であり、その復活なくして地方創生はあり得ない。ここでは漁業を取り上げたい。

 日本はかつて世界の「漁業大国」であったが、現在では世界の漁業先進国より「三十年遅れている」と言われるほど衰退した。原因は、乱獲により魚が著しく減少したからだ。日本の漁獲量はピーク時の一二八〇万トン(一九八四)から、現在では四八二万トン(二〇一二)と三分の一程度にまで減り、生産額も三兆円から一・四兆円前後と半減している。

 一方、世界の漁業先進国もかつてはわが国と同様、乱獲によって漁業が衰退したが、「個別漁獲割当」と呼ばれる科学的な資源管理制度を導入した結果、資源が回復し、いまや漁業が「成長産業」となっている。

 結論を先にいえば、日本漁業を再生し地方創生を実現するには、この成功例にならい、現行制度から「個別漁獲割当」制度に転換するしかない。漁業は「魚をとる」ことによって成り立っている。依って立つ基盤たる魚そのものがいなくなれば、漁業という産業は成り立たないからだ。むろん、加工・冷蔵・観光といった地域の関連産業にも影響を及ぼす。

 残念ながら、現状では当の漁業者の反対や行政の指導力欠如が障壁になり国家の政策として採用されるに至っていないが、じつは、新潟県では四年前から、この「個別漁獲割当」制度をモデル事業として導入し、その結果、資源が回復し、漁業経営にも好影響をもたらすなどの成果が現れ始めているという。

 そこで、本誌は去る二月十二日、このモデル事業を実施している佐渡の赤泊(あかどまり)に赴き、実情を視察した。

 

◆漁業再生には「個別漁獲割当」しかない

 最初に、漁業再生の最大のカギとなる「個別漁獲割当」について触れておきたい。これは水産資源管理の一形態だが、要するに、とっていい魚の量を国や地域などの総枠で規制するだけでなく、漁船ごとに規制するものだ。この船ごとに個別に規制枠をはめるという点が決定的に重要で、この方法でなければ乱獲に歯止めをかけ、漁業を「儲からない産業」から「儲かる産業」に転換することはできない。そのことは漁業規制の歴史が証明している(以下の歴史は、小松正之「日本漁業はなぜ衰退したのか」、勝川俊雄「資源管理は可能か」による)。

 意外に見落とされがちだが、魚は石油などと同じ有限な天然資源だ。生物なので再生産されるところは石油とは違うが、殖える量よりもとる量の方が多ければ、魚は減って行く。

 そのため人間は魚をとりすぎないよう試行錯誤を繰り返してきたが、二十世紀の後半には、漁業者の数、出漁時間、漁具や漁法を規制するといった「入口規制」では乱獲に歯止めがかからないことが判明し、港に水揚げされる漁獲量を制限する「出口規制」が重視されるようになった。

 しかし、初期の「出口規制」は、全体の漁獲量を設定することで資源の過剰利用に歯止めをかけることはできたが、産業としての漁業を破綻させてしまった。なぜなら枠が限られているならば、他人より早くとりに行かないと、自分のとり分がなくなる。いきおい競争に勝つためにはソナーやエンジンをより強力にしようと設備投資が過剰になる。ところが、それでは競争に勝って魚を沢山とったところで利益は残らない。競争に負けた場合はとり分がないからやはり利益が出ない。こういう悪循環を招き、経営が成り立たない漁業者が続出したのである。

 こうした失敗を教訓に考案されたのが「個別漁獲割当」だった。

 これには、「生物学的漁獲許容量」(ABC)という科学データに基づき「総漁獲可能量」(TAC)という全体枠を設定した下で、漁船または漁業者ごとに漁獲枠を割当てる「IQ方式」、次いで、この割当分を他の漁業者に販売・貸与・譲渡が可能な「ITQ方式」が考えられた。

 IQ・ITQ方式を採用したノルウェー、アイスランド、ニュージーランド、米国などの漁業先進国では、漁船は予め漁獲量が保証されるので、あせって魚をとりに行く必要がなくなった。すると、市場動向を見ながら値が付くタイミングで出漁するようになり、設備投資の対象はエンジンやソナーから魚の鮮度を保ち高く売るためのフィッシュポンプや冷凍設備などに変わった。値が付かない稚魚はとらなくなったから資源は次第に回復した。こうして利益が出るようになり、経営が改善し、漁業は「儲かる産業」となるに至ったのである。例えば、ノルウェーの漁業者の年収はいまや平均で約一千万円。給与が高く将来性もあることから、就業者は三十九歳未満が四割を占め、六十歳以上は一割強に過ぎないという。

 一方、わが国の現状はどうかといえば、未だ入口規制が主流だ。初期の出口規制にあたるTAC制度は導入されているが、対象は七魚種に過ぎず、他の数百種にはTACすら設定されていない。これでは魚も漁業もダメになるのは当然だろう。

 

◆日本で初のIQ導入

 では、今回取り上げる新潟県の漁業はどうか。やはり乱獲により漁業の衰退が著しくなっている。

 漁獲量は、ピーク時(一九九〇年)には二一万三七四二トンあったが、現在は三万五〇〇〇トンと六分の一にまで減少。水揚金額は、二百七十億円(一九八二)から百二十億円(二〇一二)と半分以下に。漁業者も、六千五百人(一九七八)が三千二百人(二〇〇八)と半減し、六十歳以上が過半数を占める。

 こうした厳しい状況の中、二〇〇八年九月、新潟県知事は、豊かな海づくり大会において北欧の成功例を紹介しつつ、「個別漁獲割当」を前提とした制度への転換を示唆。これをきっかけに、二〇一〇年に「新潟県新資源管理制度導入検討委員会」が設けられ、検討が重ねられた。

 その結果、新潟県では最重要魚種の一つとなっているホッコクアカエビ(一般に甘エビ、新潟県では南蛮エビと呼ばれる)を対象に、わが国で初めてIQ方式が導入されることになった。このモデル事業は二〇一六年八月まで実施され、五年間経過観察される。

 IQの対象種としたホッコクアカエビの新潟県内における年間漁獲量は、現在三八六トン。複数の地区で、「えびかご」「沖合底引き網」「沿岸小型底引き網」という三つの漁業形態で漁獲されている。その中でモデル事業を実施することになったのは、佐渡・赤泊地区の「えびかご」漁業者(四経営体)である。

 赤泊の甘エビは、周辺海域の水深約四〇〇メートルの海盆に棲息している。ここで操業する「第五星丸」の場合は、海盆に百八十個が一連となった「えびかご」を複数仕掛ける。かごの中にはサンマやサバなどの切り身をエサとして入れてエビをおびきよせる。かごは仕掛けて四日で引き揚げる。一日に引き揚げる数は三連・五百四十個で、水揚量は二〇〇キログラム前後になるという。

 ところで、このモデル事業を実施する前提として、委員会はABC・TAC・IQを設定した。従来、科学的な資源調査が実施されてこなかったため、委員会は直近五年間の漁獲量の平均数値をABCとして、その九八%をTACとした。赤泊に設定された地区TACは一一四・七トン。その下で四つの漁業経営体それぞれに、IQが振り分けられた。

 このほか詳細は省略するが、制度の厳格な実施のために漁獲の報告と監視、従来の補助金とは異なる低利融資制度なども導入された。

 

◆大きなエビが増え値が付くように

 IQ方式の下でTACが設定されたことによって長期的には資源の回復が自ずと期待できるが、モデル事業の実施と同時に、小型エビの漁獲削減のため、県の支援により、網目拡大が実施された(一〇・五節→一〇節。四年間で合計六千四百五十かご/註・節の数が小さいほど網目は大きい)。

 その結果、資源状態はどうなったか。甘エビは成熟するまで七年かかるため厳密には今後の検証を待たねばならないが、県の統計によると、赤泊地区で漁獲される大型エビの割合はモデル事業が始まった二〇一一年度の四〇%から、二〇一二年度は五〇%、二〇一三年度は七〇%と、大型エビが徐々に増えている。

 また、IQの目的は、魚を沢山とることによって収入を確保するという在り方から、高い値の付く魚をとることによって収入を確保するという在り方に転換するところにある。

 この点、IQの導入によって漁業者は実際に値の付く時を選んで出漁するようになったという(詳細は、第五星丸船長・中川定雄氏インタビュー記事参照)。特に、佐渡では観光・帰省シーズンにあたる夏場が、甘エビの最大需要期にあたるが、従来はその時期と禁漁期が重なっていた。いわば最大の稼ぎ時に出荷できなかったのである。しかし、IQ導入によりとりすぎに歯止めがかけられ、関係者間の調整もついたことから、夏場の出漁・出荷が可能となった。結果、夏場のエビ単価は、他の期間よりも上昇し、収入増に繋がった(単価上昇は、一二年が大型一三〇%・中型一二八%、一三年が大型一一〇%・中型一一四%)。

 IQ導入は経営のスリム化にも貢献した。県の規定により、えびかご漁業は船一隻につき設置可能なかごの数が約千個と決まっている。しかし、モデル事業ではIQを受け入れることを条件に、もう千個の設置を可能とした。これは漁船の集約とムダな投資の削減を促す措置だが、実際にある経営体はこれによって漁船を一隻減らし、それまでかかっていた漁船の維持費や燃油費など経費を浮かせることができたという。

 

◆IQ普及の課題

 このように、赤泊でのモデル事業は、従来のように乱獲を放置したまま補助金を投入して漁業者の生活支援を行うが如き漁業政策とは異なり、資源の持続的利用と経営の改善を目的とした漁業政策であることが分かる。また、実際に乱獲に歯止めがかかり、魚の資源状態が回復し、経営にも好影響を及ぼすことを証明しつつある。その意味で、日本漁業再生の方策として、このIQの普及は大いに期待されよう。

 とはいえ、現状では壁が厚いのも事実だ。一義的には、世界の漁業先進国のように政治のリーダーシップによって国家の水産資源・漁業管理制度がこの方向へと転換すれば話は早いのだが、わが国では農業はともかく漁業に関心を有する政治家はほとんど存在しない。また水産庁は「漁業者におもねるだけ」(生田與克氏)。漁業者は「海のことは自分たちが一番知っている。何も知らない役所や学者が口出しするな」というメンタリティが強く、IQ・ITQの導入には否定的だ。

 また、漁業の現場には、複雑な問題が少なくない。このモデル事業のケースでいえば、赤泊の漁業者はIQ導入に賛同したが、じつは他地区では賛同が得られなかった。その背景として、例えば佐渡の両津地区では「競合」という問題があった。両津の海域で甘エビをとるのは「えびかご」という漁業形態だけでなく、もう一つ「沖合底引き」という漁業形態があり、その二つが同じ海域で甘エビを追いかけているのだ。

 関係者によると、県からIQ導入を打診された際、両津のえびかご漁業者らは「IQ導入に賛成してもいいが、競合する沖合底引きにも上限を設定して貰わないと、自分達だけがとる量を制限され、結局、損をすることになるから意味がない」として最終的に同意しなかったという。

 逆に、赤泊でIQが実施できたのはこうした複雑な問題とは無縁であったことも大きい。

 

◆求められる政治のリーダーシップ

 では、こうした課題がある中でIQを普及するには、どのようなことが必要になるだろうか。

 まずは、やはり政治・行政当局のリーダーシップが不可欠だ。例えば、両津でIQが導入できなかったのは、「えびかご」と「沖合底引き」の双方から賛同を取り付けるだけの力が行政当局になかったことを示している。そうした問題に折り合いをつけ、IQ導入という大きな方向に誘導してゆく指導力・調整力が当局には求められるだろう。

 また、漁獲規制を本能的に嫌うとされる漁業者に、資源管理の重要性と効果を積極的に広報し、理解を促すことは、当たり前のようだが重要なことではないか。じつは四年前はIQ導入に反対していた佐渡の両津地区・姫津地区では、二〇一四年度からIQの前段階にあたる地区TACを設定した下での操業が始まった。これは赤泊でIQを実施することによって、目に見える形で資源管理の効果が分かるようになったことが影響しているという(小松正之氏)。

 いずれにしても、今のままでは日本の海から魚が枯渇し、漁業は衰退するほかない。一日も早く「個別漁獲割当」を国家の資源管理制度として導入する必要がある。(文責・編集部)

〈『明日への選択』平成27年4月号〉

 

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