「食糧争奪戦」の中で捕鯨再開を考える②

「食糧争奪戦」の中で捕鯨再開を考える②

〈『明日への選択』平成27年10月号掲載〉

 

◆反捕鯨国の宣伝に騙される日本人

 かつて鯨肉は学校給食で出されるなど身近な食べ物であったが、最近は供給も減り、鯨肉を食べたことがないという国民が増えている。

 むしろ、反捕鯨国の「鯨は絶滅の危機にある」「鯨は滅びゆく野生動物の象徴」「イルカは人間の友達」といったエセ動物愛護の政治宣伝やシーシェパードの度重なる妨害工作などにより、「そんな面倒なものをわざわざ食べなくてもいいじゃないか」という空気が蔓延しているのではなかろうか。和歌山県太地町の追い込み漁で捕獲されたイルカを購入していた日本動物園水族館協会は、外国の団体から指弾されてイルカ購入を簡単に止めてしまったが、あれもそんな空気の延長線上にあるとしか思えなかった。

 しかし、動物愛護を謳いながら、反捕鯨国は牛や豚など家畜を食べることについては一切問題視しない。そんな反捕鯨国のご都合主義的な宣伝に騙され、長いものには巻かれろ式になびいてしまっているのが今の日本人の姿だ。だが、食糧の確保が将来的に厳しいとも言われる中、本当にそれでよいのだろうか。

 

◆捕鯨裁判・敗訴の原因

 前回も触れた小松正之氏の『国際裁判で敗訴! 日本の捕鯨外交』(マガジンランド)は捕鯨の重要性と現状、および日本の長期的な食糧戦略を考えるに当たり、是非読んでおきたい書だ。

 一九八二年、国際捕鯨委員会(IWC)で、商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)が採択された。この採択自体、捕鯨産業の健全な育成を目標とする国際捕鯨取締条約の趣旨に反するが、反捕鯨国は「鯨資源が絶滅の危機にある」と事実に反する主張を展開し、また数の力を背景に強引に決定した。ただしモラトリアムは一九九〇年までに見直すとの条件が付いていたため、日本はその後調査捕鯨を開始。徹底的な科学調査によって鯨の資源量が豊富であること等を証明し、モラトリアムの前提が誤っていることを明らかにした(その中心的役割を担った一人が小松氏だった)。

 この歴史を自明の前提として小松氏は、昨年三月、南極海における日本の第二期調査捕鯨を差し止める結論を下した国際司法裁判所(ICJ)の判決を総括。判決は論理に飛躍の多い「不当判決」であること、しかし日本が敗訴したのは直接的には政府代表団の裁判対応の拙さ、根本的には過去十年にわたる当局の手抜きがオウンゴールを招いたことを詳述している。

 とりわけ裁判では、日本の強みであった科学調査が、当局の手抜きにより形骸化し、その信頼性の低下を提訴した豪州やICJに衝かれたという。徹底した科学調査の成果によって反捕鯨国の理不尽な主張を押し返してきた当事者の観察だけに、その無念さがよく伝わってくる。

 

◆新たな調査捕鯨と商業捕鯨の再開へ

 この判決を受け、当局は早々とその年の南極海調査捕鯨の実施を放棄し、今後の調査計画案も反捕鯨国の強い反発を受けている。とりわけ彼らは相変わらずのエセ動物愛護精神を振り回して、目視などの非致死的調査を執拗に迫っているが、小松氏は言う。

 「これまでに日本が非致死的調査によって収集したサンプルは、世界で最も多い。それでも、胃の内容物調査や年齢査定に必要なデータは非致死的調査では得られないから、捕獲調査が必要なのだ」

 結局、反捕鯨国の主張は、日本に科学的成果を挙げさせないための口実でしかない。

 かかる厳しい状況の中、小松氏はこれを打開する道として、「調査捕鯨の抜本的再構築」と「商業捕鯨の再開」の二つを示している。

 とりわけ、元来日本の大原則であった「商業捕鯨の再開」を当局はこの十年、IWCの正常化等を理由に掲げていない。だが、IWCはもはや「反捕鯨国のサロン」と化しており、正常化を期待するのは「単に時間の無駄」だという。むしろ、ノルウェーやアイスランドは、モラトリアムは条約違反だと異議申立を行って商業捕鯨を再開。「日本が反捕鯨国に翻弄されてもたもたしている間に……ノルウェーは毎年約1000頭のミンククジラを、アイスランドは毎年150頭のナガスクジラとミンククジラ200頭をそれぞれ捕獲……日本は両国から大きく遅れてしまった」という。

 長い間、捕鯨は時の政権の主要課題として位置付けられることはなかった。しかし、国民の食糧確保や日本の国際貢献にとって捕鯨は有用有益である。長期的な国家の課題として再考する時期だ。

〈『明日への選択』平成27年10月号掲載〉