民進党の危険な「憲法」綱領

 原典にあたれば、報道では知ることの出来ない実態が分かることがある。国会での憲法論議なども、議事録を読めば一部を切りとった報道では見えない部分が見えてくる。

 例えば、二月四日の衆議院予算委員会での安倍首相と民主党の大串博志議員とのやりとりは「首相、憲法改正に強い意欲を示す」「民主党も改憲草案を提案すべき」と報じられたが、議事録を子細に読めば、また違った側面が浮かび上がって来る。

 この質疑では「(憲法に)指一本触れてはならない」というのは「思考停止だ」との安倍首相の答弁に対して、大串議員は「そんなことは言っていない」と反論し、それに対して安倍首相はこう述べている。

 「(憲法について思考停止していないというのであれば)民主党が立党されて随分たつんですから、何か議論して、何か成果が出ましたか。何にも出ていないんですよ」

 「国会議員というのは、一般の評論家とは違うんですから、ただそういうことを議論できるということを言っているのでは、議論しているのではないんですよ。ちゃんと、どこを変えるべきだということをしっかりと示して国民の審判を受ける、そういう覚悟があってこそ初めてそういうことを言う資格があるんだろう、私はこう思うわけでございます」

 強烈な民主党批判であり、「改憲への意欲」というより安倍首相の覚悟のほどが表れた答弁と言えよう。

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 これに対して大串議員は「時代の変化に合わせて憲法のことを議論していく、これを否定は全くしておりません。……民主党は、憲法に関して何度も党内で議論を深め、憲法提言を出しております」と反論しているのだが、質問者は「憲法提言」を本当に読んだことがあるのだろうか。

 この「憲法提言」は十年も前にまとめられたもので「時代の変化」から取り残されていることは言うまでもない。内容も「未来志向の憲法」「国民主権が活きる新たな統治機構」「多様性に満ちた分権社会」などと、選挙公約のような言葉は並んでいるが、その実態は「外国人の人権」「子どもの権利」「学習権」「知る権利」の明文化など、権利を羅列するだけで、憲法のどこをどう変えるのかなどまったく触れていない。

 安全保障に関する部分に至っては、「平和主義を基調とする」とか「武力の行使は最大限抑制的であること」などが強調されているが、自衛隊の存在を憲法上どう位置づけるのか、第九条二項の「戦力の不保持」は変えるのか維持するのかという、肝腎要の論点は完全に無視。議論したというなら、当時も今も国民的関心の高かったこのテーマこそ議論されるべきだが、そんな気配はない。まさに「思考停止」である。

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 その「思考停止」をわらうだけでは済まない問題も「憲法提言」を子細に読むと分かる。この提言のキャッチコピーは「未来志向の憲法」だという。しかし、その中身は触れられていない。実は、「未来志向」の中身は、提言の前段階としてその一年前につくられた「憲法提言中間報告」にはっきり書かれている。

 「二一世紀の新しいタイプの憲法は、この主権削減、主権抑制と共有化という『主権の相対化』の歴史を確実なものとし、これに向けて邁進する国家の基本法として構想されるべきである。国家のあり方が求められているのであって、それは……『国家主権の委譲』あるいは『主権の共有』という新しい姿を提起している」

 主権には「唯一」「独立」という意味が含まれるはずだが、それと矛盾する「委譲」「共有」、つまりは主権の「相対化」「削減」が、彼らのめざす「新しいタイプの憲法」だというのである。これはもう「反国家」イデオロギーというしかなく、「未来志向」などというのは包装紙に過ぎないということである。

 民主党は、民進党という新党に衣替えするが、この「未来志向の憲法」は民進党の綱領でも踏襲されるという(読売新聞・三月二十四日)。中国や北朝鮮の「現実の脅威」のなかで、こんな危うい議論をしている政党が中心となって参議院での「三分の二」阻止をめざす。これほど危険なことはない。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成28年4月号〉