「中国全面敗訴」のもう一つの見方

 ご存じのこととは思うが、南シナ海での中国の海洋覇権拡大に対してフィリピンが仲裁裁判所に起こしていた訴訟は、七月十二日にフィリピンの「全面勝訴」、中国の「全面敗訴」となった。その詳細に触れる紙数はないが、中国が南シナ海の大部分について「歴史的権原」があると主張していた、いわゆる「九段線」に対して「歴史的権利を主張する法的根拠はない」と否定した。中国は、これに対して今度の裁定は「無効だ」「紙くず」だと言い、裁定を受け入れる気配すら見せていないが、ここでは少し違った視点から中国の主張する「歴史的権原」なるものについて考えてみたい。

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 裁定が出た翌日、中国が発表した「白書」のなかには、その「歴史的権原」なるものが延々と書き連ねられている。「南中国海(引用者注・南シナ海のこと)における中国人民の活動はすでに二千年前以上の歴史がある」として、古代の後漢時代にはじまり、三国時代、宋代、明代の歴史書の記述を(これでもかというほど)挙げて「中国人民は、南中国海諸島および関係海域に対して絶え間ない開発と利用を行ってきた」と主張する。さらに清代の地図にも描かれるなど、島々を「管理」してきたとも主張している。

 いわば、中国の古い文献や地図に記されていることをもって「中国のもの」だと主張するのだが、仲裁裁判所は「いずれの領海にも属さない海域は、法的には公海の一部であり、どこの国の船舶であっても航行し、漁業を行うことが出来た」とし、「中国が南シナ海の海域で、歴史的に排他的な支配を行っていたことを示す証拠はない」と断じ、「九段線」には「歴史的権利を主張する法的根拠はない」と裁定した。

 中国の主張をバッサリ否定したわけだが、仮に中国の「歴史的権原」が認められれば、第二次大戦後に独立したフィリピンやベトナムなど周辺国は何の権利主張もできないという中華秩序の時代に戻ってしまう。その意味で、当然の裁定とも言える。

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 中国が「歴史的権原」を主張しているのは南シナ海だけではない。尖閣諸島についても、「釣魚島は昔から中国領土である」と主張している。その根拠はというと、魚釣島が明代の『冊封使録』には「釣魚島」として記録され、海上防衛区域を記した『沿海山沙図』にも記録されているからだという。

 しかし、今度の裁定の論理を援用すれば、中国が尖閣諸島に対して「歴史的に排他的な支配を行っていたことを示す証拠はない」ことは、南シナ海のケース以上に明らかと言える。中国の主張は「釣魚島」が中国の文献に記されているというだけだが、魚釣島と周辺海域を当時の琉球人(つまりは日本人)が専ら利用してきたことは否定出来ない事実だからである。

 竹島についても同様で、韓国は竹島(彼らの言う「独島」)は古代の「三国時代以来の固有の領土」だと主張する。その根拠はというと、十五世紀の『東国輿地勝覧』という文献に記されている「于山島」が竹島だというものである。今では「于山島」が竹島でないことは文献考証で明らかだが、韓国は竹島に対して「歴史的に排他的な支配を行っていたことを示す証拠」を何も示し得ていない。逆に十七世紀以降、竹島とその周辺海域を利用してきたのは日本人だけである。むろん、尖閣も竹島も、明治になってから日本が近代国際法の手続きに則って領土に編入したことは言うまでもない。

 南シナ海も尖閣も竹島も、問題の構図は「古来から」という中華秩序に基づく主張と現代国際法の秩序との対決という点で共通している。今度の裁定は領有権を扱ったものではないが、わが国が参考にすべき論理が含まれているように思われる。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成28年8月号〉