ユネスコの「癒着」を朝日はなぜ無視するのか

 産経十月十五日の「ユネスコ分担金 政府、留保継続」と題した記事に、ようやく外務省もこの問題に本気になり始めたか、との感想を抱かれた読者も多かったのではなかろうか。記事本文にはこうある。

 「日本政府はユネスコに求めている『世界の記憶(記憶遺産)』の登録制度の改善が前進するまで、(分担金の)支払いの留保を継続する方針を固め、制度改善の要求を強める構えだ。政府関係者が14日、明らかにした」

 この記憶遺産については、中国が昨年申請した「南京大虐殺」文書が今春登録決定されたこと、今また日中韓などの民間団体が、新たに慰安婦問題の関連資料の登録申請を行っていることは、既に多くの方々がご存じのことだと思う。かかる動きに対し、政府は中国申請の南京文書が文書の内容すら明らかにならないまま登録となった不透明な決定経緯を問題とし、今後は提出された資料の真実性、評価の妥当性などを、当事国も交えてオープンに議論できる審査制度に改めるべきだ、と改革をユネスコに強く要求してきた。この産経記事はかかる要求についての政府の最近の動きを報じたものだ。

 ところが、この政府の方針に朝日社説が早速文句をつけた。「節度欠く分担金の保留」だ。またいつもの主張、とスルーされた読者も多かったかも知れないが、筆者にはこれこそ朝日得意の論点のすり替えと映った。というのも、朝日はここで、そもそも政府がユネスコの何を問題としているか、という事実をほとんど示さないまま、「分担金と引きかえに履行を迫るような強圧的な対応は賢明とはいえない」と、ただ政府の姿勢を批判するだけだったからだ。これでは政府がただ横車を押しているだけ、と印象づけられるだけの話だともいえる。しかし、政府がかかる姿勢に出たのは、それだけの理由があってのこと、と考えるのがむしろ自然だと思うのだ。

 南京関連文書についていえば、中国は申請資料の一切を当事者たる日本にも、決定主体たる国際諮問委員会にも全く見せないまま、登録にこぎつけたのが前回の決定であった。しかも、今に至るまで中国はこの資料を公開せず、誰もこの資料にアクセスできていない。これでは登録の政治利用以外の何物でもなく、だから政府としては前記したような改革を要求したのだ。にもかかわらず、社説は何事もなげに以下のようにいう。

 「審査が非公開で、関係国に意見表明の機会がないといった問題点を日本が指摘したまではいい。ユネスコも透明性の向上などの改革を約束していた」(傍点は筆者)

 簡単に「約束していた」と書くが、一体その「約束」が果たして守られるのか、朝日はどこまで取材したのだろうか。その履行が疑問だからこそ、政府は支払い留保という手段に出たのではないか。

 一例を挙げよう。この制度改革に関わる小委員会のコーディネーター、レイ・エドモンドソンなる人物だ。彼はこの制度改革に関わるキーマンだとされるが、その当人が今回の慰安婦資料の登録申請を行っている日本の民間団体の会合に最近出席し、日本政府が要求している制度改革はこの資料の登録審査には適用しない、と明言したのである。公正たるべき審査関係者が、審査の対象となる当事者の集会に出席し、登録を約束したともいえる話だが、これがこのユネスコの実態なのだ。要は申請者とそれを審査する者が最初から一体となり、当初からの筋書き通りに、事を進めているという話である。

 このユネスコ関係者と申請者の癒着関係は構造的だともいえる。にもかかわらず、朝日はこの事実を無視し、政府がただカネの力で圧力をかけているようにのみ書いた。その意図をここで論ずることはしないが、改めてそのやり口に疑問を覚えた次第だ。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成28年11月号〉