日本人は何を「押しつけられた」のか

 少し以前の話で恐縮だが、今年八月、米国のバイデン副大統領の発言が話題になった。共和党大統領候補のトランプ氏が日本の核武装を容認することを示唆した発言に対して、「(日本が)核保有国になり得ないとする日本国憲法を、私たちが書いたことを彼は知らないのか。学校で習わなかったのか」と言ったのである。

 米国が草案をつくり日本に押しつけたのは事実である。しかし、制定から七十年後に外国要人から日本の憲法は「私たちが書いた」と言われて気分のいいものではない。七十年間たっても「押しつけられた」憲法を一字も改めていない不甲斐なさを思わずにいられないからである。

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 記者会見でこのバイデン発言についての感想を求められた民進党の岡田克也代表(当時)は、「連合国軍総司令部(GHQ)が中心になって草案を作ったが、その過程で日本の意見もあり、国会でも議論して作った」「七十年間、日本国憲法を国民が育んできた事実の方がずっと重要だ」と述べた(時事通信による)。

 この発言はGHQが草案(マッカーサー草案)を作った事実を認めたものではあるが、その事実の重みを感じているとは思えない。GHQは草案を作っただけでなく、日本政府が国民に向けて発表した「憲法改正案要綱」の作成もGHQが主導し、それを条文化して国会に提出した政府の憲法改正案もGHQの承認の下で作成された。政府の改正案は国会で審議され、いくつもの修正が加えられた。しかし、国会審議は逐一GHQに報告され、条文の修正はすべてGHQの承認を必要とした。それでも「国会でも議論して作った」と言うのだろうか。

 岡田氏は、また「日本の意見もあり」と、何か日本側の意見が取り入れられたかのように語ったが、例えば現行の第九十七条はどうなのか。九十七条は、憲法改正案要綱の作成段階で日本側が削除しようとしたが、GHQ担当者が上司の面子のために残した条文である(本号19頁参照)。逆に、政府の改正案作成の際、日本側は最後まで緊急事態条項の追加を要望したが、GHQは許可しなかった。

 今国会でその九十七条を削除した自民党の改正草案を危険な改正案だと言い、九十七条は大切だというのが民進党の主張である。また緊急事態条項は不要であり、むしろ危険だとも主張している。当時の日本側が不要としたものを大切だと言い、必要だとした条項を危険だとするのが、今日の民進党だと言える。

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 大切なのは「日本国憲法を国民が育んできた」ことだとも言う。しかし、実態はどうなのか。この憲法を普及するため官製の憲法普及会が作られたが、この普及会は公務員向けや一般国民を対象とした講演会を各地で開き、全国民向けの『新しい憲法 明るい生活』という小冊子は全世帯数に相当する二千万部も配った。この憲法普及会もGHQ民政局の指導下にあった。中学校社会科の副読本として作られた小冊子『あたらしい憲法のはなし』は、二千万部以上が学校に配られ、大きな影響をもたらした。しかし、この文部省の作成の小冊子もGHQ民政局による監修を受けていた。

 その一方、占領下ではGHQが憲法の起草に関わったことへの一切の言及、批判は検閲の対象となり、出版物は発行禁止、文章は削除された。「育んだ」どころか、自由な論議などないままに、「護憲」意識を植え付けられたわけで、日本人は憲法の条文だけでなく、この憲法は善い憲法だという憲法観も押しつけられたと言えよう。そうした事実認識なしに「日本国憲法を国民が育んできた」などとお手軽に言う勢力こそ憲法を七十年間「押し頂いてきた」張本人と言うべきである。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成28年11月号〉