米国における価値観をめぐる戦い

 次期米国大統領となったトランプ氏をどう見るかについては、筆者には何か格別なことをいえるだけの材料があるわけではない。この点については、今後明らかになっていくであろうトランプ新政権の陣容、政策綱領等々を通し、徐々に見えてくるのであろう。

 その意味で、ここでは少々視角を変えて、余りわが国では取り上げられていない別の問題に焦点を当ててみたい。それは今後もしばらく続くと見られていた民主党支配が覆えり、八年ぶりに共和党が政治の主導権を握ることとなった、ということの意味だ。

 「保守派には、共和党が支配する今後の何年間かをいかに充実させるかについてよく考える責任がある」

 これは保守派コラムニストとして著名なチャールズ・クラウトハマー氏(氏は今回の選挙ではトランプ候補を支持しなかった)の言葉だが、トランプ氏を個人的にどう評価するかとは別に、保守派は今回の大統領選勝利の重大な意味を考えるべきであり、それを今後どう生かしていくべきかをよく考えるべきだ、というのだ。氏はいう。

 「この選挙は単に社会的・経済的分断だけでなく、左派と右派の間の思想的分断をめぐる戦いでもあった。今選挙の中で見落とされている最大の要因は、オバマ主義への深く、広範囲の、長期にわたる不満だ」(世界日報11・16)

 この「オバマ主義」が敗北した、というのが今回の大統領選のもう一つの意味だと氏はいう。ここにいう「オバマ主義」とは何か。氏はこれを「尊大なリベラリズムを推進しようとする手の込んだ政治的試み」と表現するが、例えば同性愛者の権利を過度に擁護しようとしたり、不法移民から国境を守るという国家として当然の義務に消極的であったり、宗教の社会的役割を否定したりしようとしてきた左派リベラル政治といってよい。クリントン候補はこの点において、「オバマ主義」の正統な継承者でもあった。

 その意味で、その民主党に選挙で勝利し主導権を奪還した共和党は、この「オバマ主義」を即刻終焉せしめるべく小異を捨てて団結しなければならない、と氏はいうのだ。

 米国では近年、同性愛者に対する差別撤廃どころか、逆に同性婚に反対するキリスト教徒が「差別主義者」のレッテルを張られ、職を解かれたり、裁判に訴えられて罰金を課されたりする等、不当な逆差別を受けるような事例が相次いできた。これに対して保守派は、それは憲法で保障された信教・言論の自由の否定に他ならず、その自由を守るべく、このところ声を上げてきたともいってよい。

 11月17日の世界日報は、このような価値観をもち、それを投票において重視する有権者のことを「バリューボーター」と呼ぶと解説しつつ、次のようにそれに関わる関係者の声を紹介している。

 「バリューボーターがトランプ氏に引き付けられたのは、同氏と価値観を共有していたからではなく、クリントン氏に対する懸念を共有していたからだ」(傍線筆者)

 周知のごとく、トランプ氏は今回の選挙では一貫してこの種の保守派の主張を語らなかった。氏が重視するのは経済の実利であり、その点からのみクリントン候補を攻撃したのだ。しかし、その氏を今回勝利せしめたのは、この「バリューボーター」たちであった。これは今後新政権にとり、大きな意味をもってこよう。

 「最高裁の判事指名という問題もある。方向の定まらない現在の最高裁を、故アントニン・スカリア判事の後任に保守派判事を指名することで立て直す」(同前)

 クラウトハマー氏はこのようにも指摘するが、果たしてこの問題も含め、米国は今後どうなっていくのか。トランプ氏個人の評価とは別に、かかる価値観をめぐる戦いにも注目する必要があろう。(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成28年12月号〉