憲法9条・国民意識は変わりつつある

 内外に激動が予感される平成二十九年、そうした中、憲法改正の議論もいよいよ重要な意味をもつこととなっていくものと思われる。とりわけ憲法第九条をめぐる議論である。

 周知のように、憲法九条の改正というと、護憲派やそれと連携するメディアは、「絶対反対」の主張をこれでもかと繰り広げてきた。「平和こそ戦後日本人の祈りであり、決意である」「理想の旗を高く掲げた憲法の不朽の先進性を損なうようなことをさせてはならない」等々、まさにそれがわが日本国民の疑うべからざる「総意」でもあるかのごとく主張し、また報道もしてきたのである。

 このような中、そうした主張はある意味、改憲派にも無視できない影響を与えてきた。憲法第九条は護憲派にとってのいわば「信仰の核」のようなものでもあるから、憲法改正はとりあえずはこの聖域には手を触れず、その他のもっと思想的に無色・中立的な条項から始めるのが賢明ではないか、といった指摘だ。

 ところが、ここで指摘したいのは、このように理解されてきた憲法第九条をめぐるわが国の現実なるものは、実はメディアが洪水のように垂れ流してきた一方的情報がつくり出した「仮想現実」ではなかったのか、といった疑問である。一例を挙げれば、大多数の国民は第九条の「平和主義信仰」の中に未だどっぷりと浸っており、これをただ否定するかのような議論は必ずや国民世論の反発を受ける、といった認識が改憲派の中にも強い自縛力を及ぼしてきたという事実だ。しかし、どうもこれは考えすぎではないか、ということなのである。

 むろん、単なる印象でこのようなことをいうのではない。筆者はここ一年ほどのメディアに公表されてきた世論調査結果を見つつ、このような認識を抱き始めているのである。そして、その意をとりわけ強くしたのは、毎日が昨年12月22日に報じた埼玉大学社会調査研究センターとの共同の世論調査結果であった。

 それによれば、戦争放棄を謳った九条一項を「改正すべきではない」とした回答は52%あったが、他方、戦力不保持を規定した二項に関しては、「自衛隊の保持とその役割を明記すべきだ」が36%、「国防軍の保持とその役割を明記すべきだ」が17%と、合計で53%と半数を超え、逆に「改正すべきではない」が21%に留まったという結果が示されていたからだ。つまり、国民は九条の一項と二項を分け、その各々についての賛否を問えば、このようなきわめて合理的で冷静な判断をするということなのである。

 東京は昨年末の社説で、九条二項こそが憲法の先進性の証であり、この戦争へのブレーキを外せば、日本は必ずや危険な方向に陥る、との主張を展開した。しかし、少なくとも国民の多数は、もはやそのような主張には動かされない、ということでもある。一項には「平和主義」の規定として一定の拘りはもつが、やはり二項の「戦力不保持」には見逃せぬ問題がある、と認識し始めているのだ。

 とはいえ、だから筆者は第九条改憲には可能性が出てきた、などと早まったことをいいたいのではない。前記したような護憲派の主張はこれからも展開されようし、改憲派が戦術を誤れば一昨年の安保法制のような反対一辺倒の世論づくりがまた現実となろう。要はこれからの活動次第ということであろうが、ただここでいいたいのは、改憲派はこのような過度の自縄自縛からはそろそろ自由であってよい、ということなのである。

 連日繰り出される左翼メディアの主張を見る限り、護憲の壁は厚く、これを突破するのはとてもできそうにもなく見える。しかし、要はこれは作られた「仮想現実」にすぎず、国民は意外と現実的だということでもある。これを信じて今年も頑張りたい。

(日本政策研究センター代表 伊藤哲夫)

〈『明日への選択』平成29年2月号〉