「力の空白」が紛争を生む

 昨年末から年明けにかけて日本周辺がきな臭くなっている。北朝鮮は大陸間弾道弾(ICBM)をいつでもどこからでも発射できると宣言し、中国は日本周辺で長距離爆撃機や空母を展開させ軍事演習を行っている。米国が、安保政策がまだはっきりしないトランプ政権への政権移行期にあり、その「空白」を衝いてのことだと言われるが、「力の空白」が戦略バランスを動揺させ、数々の紛争を生み出してきたという歴史の教訓を思い出す。

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 「空白」は何も政権交替期に限ったことではない。政権自体の安全保障政策への関心のなさという「空白」もある。中国の公船が尖閣領海に本格的に侵入を開始したのは民主党・菅政権のときであり、少し遡れば台湾海峡危機は社会党の村山内閣の際に起こり、北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)を脱退して核開発に踏み出したのは自民党ハト派といわれる宮沢内閣の時代だった。いずれの政権も、領土防衛や安全保障に関心が薄く、いわば「防衛意志(力)」に「空白」が生じていたと言うべきだろう。

 深刻な「尖閣危機」にしても、先ずこの「防衛意志」なくして、この「海の孤島」は守れない。細谷雄一慶応大学教授はベルリン危機の事例を挙げて、こう指摘している(ちくま新書『安保論争』)。戦後ドイツは東西に分割して占領されたが、東ドイツ側にあったベルリンも東西に分割管理され、西側諸国が管理する西ベルリンは東ドイツのなかで「陸の孤島」のように孤立する。一九四八年、その西ベルリンをソ連は西側に放棄させようとして、西ベルリンへの道路と鉄道を封鎖する。電力供給も止めた。いわゆるベルリン危機である。

 軍事力では西ベルリンを包囲していたソ連地上軍が圧倒しており、とても守りきれないというのが常識だった。世界大戦の危機に直面しても西ベルリンを守るべきか、それとも放棄すべきかの選択に迫られた西側諸国は、軍事衝突に備えて戦略爆撃機などを待機させた上で、西ベルリンに食糧や燃料を空輸するという選択をする。まさに「防衛意志」を行動で示したのである。その意志の前にソ連のベルリン封鎖は挫折し戦争が回避されたという事例である。

 ベルリン危機は「陸の孤島」の事例だが、「海の孤島」尖閣諸島の防衛も、先ずは毅然として領土を守る態度を明確にし、その態勢を示すことが何よりも重要だという指摘だと言える。

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 安倍首相の「防衛意志」は明確であり、南西諸島の防衛態勢も整えつつあるのは幸いと言える。しかし、問題なのは国民の「防衛意志」の方である。戦後一貫して明確に示されたことはなく、それどころか「力の空白」が平和を生むと言わんばかりの言説すら横行してきた。

 例えば、日本国憲法を「平和憲法」と賛美し、「戦力」を持たないとする憲法第九条が日本の平和を守ってきたなどという言説である。現状に則して言えば、平和憲法や第九条にそんな効能があるなら、北朝鮮が核ミサイルをもって恫喝するはずがないし、中国が海空軍を大増強し日本周辺で軍事演習をすることもないはずであるが、現実はまったく逆である。

 いま、中国や北朝鮮は「力の空白」を衝いて跳梁跋扈しているが、それは何も米国の軍事的な後退が進んだからだけではあるまい。いまだに自衛隊は憲法に明文の根拠を持たず、「戦力」を持たないとする九条は改正されないままという、憲法が生み出した「力の空白」が衝かれているということでもある。

 その「力の空白」を解消するには、先ずは日本国民が「防衛意志」を明確にする他なく、それは何よりも憲法改正によって示されるべきものである。(日本政策研究センター所長 岡田邦宏)

〈『明日への選択』平成29年2月号〉